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ある日のブランチ

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冷蔵庫に在庫していた国産小麦粉と白神山地の酵母ドライイーストで、久しぶりにパンを焼き、それを冷凍にしたのは3週間くらい前だったか… 冷凍庫から取り出して、オーブントースターで短時間加熱して、簡単なスープと生野菜いろいろのサラダと。 それがとても美味しくてびっくりしました。 なんかね、今まで食べたパンの中で1番かも。 庭、というか藪だけど…の奥に設えた窯で、焼きたてを食べたのは何時のことだったか。 国産小麦粉と白神山地の酵母から自分で発酵させた生の酵母を使い、かなり待って檜枝岐で作ってもらった大きな捏ね鉢で捏ねて。 窯も壊れちゃったし、わたしも全身麻痺になっちゃってから。 1度やってみたけど、全く歯が立たなかった。 なにしろ、そもそも立って居られないし、こねると言っても力入らないし、持ったら歩けないし・・・ それから2年くらいたったかしら? 今回、ドライイースト駄目になっちゃったかな?と思いつつ、やってみたのでしたが。 捏ね鉢で捏ねるのは無理なので、大きめのボールを使い、粉を空気を残したポリ袋に入れ、きっちり輪ゴムで止めてからぶんぶん振り回し、生地をまとめるのには大きめのボールと重力を使い、発酵は密封した袋に入れて冷蔵庫で一晩かけて。 塩、砂糖、バター、ぬるま湯の分量は全て勘。 そうしたら前回よりずっと上手くいったのです。 もしかしたら、味覚も以前より改善したのかもしれません。 この年になって、出来ることが増えたり、美味しいものが食べられたり・・・ 自分の肉体に感謝。 普通に接してくれる身近な人々に感謝。

コロナウィルスの正体

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地球規模のウィルス禍、なかなか終息には至りませんね。 テレビ放送でも、やたら「ウィルス」との戦争、と表現されることが多いのですが、この「戦い」という表現には個人的に強い違和感があります。 食うための生存競争でない、いわゆる戦争は人類だけのものであり、打って打ち返すという行為はキリが無い、すなわちエンドレスなものです。 テレビ番組はそれ一色で、あとはバラエティーくらい。 ロケもスタジオ収録も困難になって、過去の特番や追悼番組がひっぱりだされたり・・・ 過去の同様パンデミック、「スペイン風邪」についてもおぼろには知っていましたが、今回、改めてそれについての過去の番組、また同じく数年前にあったコロナウィルス「SARS」、エボラ出血熱についても、じっくり振り返る結果になりました。 思うに、ウィルスという存在は自ら攻撃してくる、という種類の「生きもの」ではないというのが確かなところで。 細胞、というか、そのひとつひとつに膜はあるものの、自らエネルギーを取り込んで増殖する、あるいは出て行ってばらまく、というような積極行動や移動は出来ないらしい。 何かの生物に取り付いて、その臓器で増殖し、その宿主が拡散もしているようです。 言い換えれば宿主が居なければ増殖も拡散も出来ないことになります。 昨今の「新種」ウィルスは、たぶん人類の歴史よりも長い期間、そのように生きてきたのでしょう。 今までは人類との接触が無かっただけで、最近になって発生した訳ではたぶん無く。 いつの頃からか、もしかしたら太古の時代から、地球上の他の生物と共生してきたのだろうと思われます。 自然の中で、一種類の生きものだけが爆発的に増えた場合、食べものが無くなったり病気が発生して全滅したりします。 生きものの多様性に合わせて変化し、憑りついて爆発的に増えないように采配する。 そのようにして多様性と生存環境が長期間維持されているように感じます。 つまり、ウィルスは「神」(宗教上の、ではなく、どちらかと言えば太陽とか月のような) というか、コントローラーであって、「敵」ではないのです。 一方、人類は生存するためのぎりぎり必要な殺戮以外に、自らの欲望のため地球上のすべての物質を好きなように壊したり形を変えたりしてきました。 推進力だけで「ブレーキ」抑止力を持っていないように思えます。 そして、コントローラーである「ウィルス」...

なかなか開店できません・・・

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やまね工房を気にしてくださるみなさまへ やまね工房、カフェ&ライブラリー「コットン」のお店はぼちぼち始めたと思った矢先に「コロナウィルス」が流行し、各地からのお客さんをお迎えすることが出来なくなってしまいました。 折しも、国の非常事態宣言が全国に及び、それと同時くらいに地元で感染者が出てしまいました。 そんなこんなで、市からの休業要請がゴールデンウィーク中から20日までに伸びました。観光地の故に市内全域影響がないところは少ないと思います。 こんな時だから、製作やリメイクをすればよいのでしょうけれど、震災の時と同じで、落ち着いて作品を作る環境ではないし。 復活した製作スタッフもお休みなので、販売物が出来上がりません。 当面、21日に非常事態が解除になったとしても、、今月中に販売出来るものが完成する可能性は低いです。 なので、営業出来るのは早くて来月から、ということになりそうですね。 全世界、同じような状況なので、仕方のないことです。 ウィルスはそれ自体が攻撃してくるわけではないので、用心しつつ世界が免疫を獲得するまで待つしかありません。 たぶん、世界中短時間で移動する「モノとヒト」が地球にとってのオーバーユースなのでしょう。 その状態にはもう戻れないのかもしれません。 しかし、これはある意味、もっと人間らしい、というか生きものらしい生活を取り戻すチャンスかもしれません。 オープン出来る運びになりましたらブログでお知らせさせていただきます。 皆さんもどうかご無事で、より良き世界を目指して生き抜きましょう。

春はどこから

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コロナウイルス流行のせいで、もともとの実店舗が時代流れでやむなく閉店のところリスタートした熱海の「COTTON」もしばらくお休みとなってしまいました。 そこで提案です。 ホームページ上の拙著「春はどこから」暇つぶしに読んでみていただけたらうれしいです。見開きのページで読み切りになっていますが、掲載の都合で1ページずつです。 「春はどこから」を読む やまね工房通信をリライトしてまとめていただいたもので「どうぶつ社」という出版社が刊行してくれたものです。 先の東北大震災後出版社が廃業し、絶版になってしまいました。 廃業がなくても、地味でほとんど売れませんでしたが。 それを半年の入院中に色鉛筆で「塗り絵」し、スキャンしてもらったものを載せてもらいました。なので、カラー版です。 コロナウィルスが地球上を駆け回り・・・ 特別な人も、そうでない普通の人も、地球上のどの場所に住んでいても、平等に運しだいで命を落とす昨今です。 人類は今まで時短時短の効率ばかりを追い求め、太陽と月のリズムではなく24時間稼働したり、24時間あれば地球上のほとんどの場所に移動出来たり。 コロナウィルスは自分で移動しているのではなく、運んでいるのは人間です。 そして、それはウィルスか引き起こす症状の問題ではなくて、社会のシステムが一国の国内では機能しなくなって世界中で分業をする故の現象なのだと思います。 そもそもそれで「やまね工房」は廃業するはめになりました。 歴史の中で、人々が経験してきたペストなどの疫病は徒歩かせいぜい馬のスピードで広がるだけでしたが、現代は24時間で結構な範囲まで広がってしまうのでとても壁では防げません。 この騒動のおかげで受け入れ適正数を過剰に超えた観光客が減り、空気や水がきれいになったり、通勤ラッシュがなくなったり、プラス面もいくつかあるようですが。 さて、久しぶりにホームページ上でダウンロードできる拙著「春はどこから」を読み返してみたら・・・ 最後の方に地球が生きものであって、すべての生物はその細胞のようなものでそれぞれ役割がある、というようなことを書いたのでした。 それは、そもそもわたしがやまね工房を始めた訳でもあり、人間も生き物であって地球の一部であることを忘れないでほしい、という願いを販売物の「ぬいぐる...

熱海「COTTON」しばらく休みます

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コロナ禍 日々刻々状況が悪化して・・・ 突然ですが・・・当面「COTTON」店舗はしばらくお休みさせていただくことになりました。 オープンガーデンは何とか実施出来、その間ちょうど良い感じでお客さまがいらしてくださったのですが。 おかげさまでわずかしか無い販売物は底をつき、公共交通機関の利用が危険という事態になってきて、日々ウィルスの感染者が増加しつつ近付いて来ている状況になってしまい。 思い切ってしばらく・・・いつまでが適当かも現時点では判断しがたく・・・店舗の営業は自粛することにしました。 自身が感染することはある種「運」なので、またここへきて何度か死に損なっているので、正直怖くは無いのですが、通っている「リハビリ」が介護施設なのでそこに持ち込むかもと思うとそれが怖くて。 網走店整理に伴って、網走からも洗濯や修理で商品や作品になるものたちが少し届いたり。 いまだ工房2階から出てきたりしているので、この期間に洗濯・リフォーム・リメイクしたり、復帰早々また諸事情で来られなくなってしまった製作スタッフの事情が許す限り出来るものを作ってもらったりしているうちにコロナの騒ぎも少しは収まるでしょう。 今回のコロナウィルスはしかし、地球が生きものであり、我々人類もそもそもは生きものであるということを無視したやりたい放題の結果生じたことで、たぶん当然の結果なのだろうと思います。 なので、単純に元に戻るということはもしかしたら無いのかもしれません。 これは、考えようによっては現状を考え直す「きっかけ」として天が与えた警告かもしれません。 中国やイタリアで空気が綺麗になったり、環境負荷や人々がもっともっと、と時短を追求した結果時間に追われたり、という生活にもたぶん限界が来ていたのでしょう。 ここまでくると、お金持ちは助かるという種類のものではなくなって、特定の地域だけに起こるいわゆる天災とも違い、人類すべてお平に「運がよければ助かるし、悪ければ死んじゃう」という天啓が降りたみたいです。 自分の身は自分で守る、という当たり前のことが出来るか出来ないか。 権力や資産の有無にかかわらず。 人類は考えなおさなくてはいけないようです。 ...

「庭もどき」その2

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今年も気の早い連中が動き出し、いつもは4月初旬にならないと咲かないしんかりのはずの「山桜」がもう1輪2輪開いていて。 お彼岸前に咲いちゃいそうです。 「彼岸桜に変身した?」のかと思っちゃいます。 4月の半ばに咲くはずのシャガが道路わきに咲いていたり、エビネの蕾が伸びてきたり・・・なんだかもう順番がめちゃくちゃ。 今回の庭もどきはワイルド版です。 父が盆栽にしようと種を蒔いた富士ブナが鉢ごと地面に根っこを張って・・・もはや大木・・・わたしがまだ学生の頃だから・・・樹齢はたぶん50年近いのではないかしら。 山桜は小学生のときに1メートルくらいのを母と一緒に山から誘拐してきたやつ。 父は2000年に100歳で、母は去年97歳で天寿を全うしたのですが、樹木の寿命としてはまだ成人してないかもですね。 ブナはまだ萌芽していませんが、大好きな桂紅葉や、唐楓がまさしく芽を吹いています。 、オドリコソウやフキノトウ、植えっぱなしのヒヤシンスやムスカリなんかも自己主張なしにひっそり咲いています。 そよ風がグリーンノートで爽やか。 肺が綺麗になる気がします。 ほんとはみなさんに歩いてもらって自慢したいくらいなんですけど・・・ ちょっとだけおすそ分け

花盛り

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世間はコロナ一色です。 良い季節になりました。 今年も植物のみなさんはあせっているようですね全部がちょっと早めな感じ・・・ まずはモクレンから・・・ 梅は終わり、サクランボも終わり、スモモ、トサミズキ、裏山(じつは南側なので表は山)ののり面にはキブシが満開です。 地面では生き残ってたユキワリソウにも会えました。 天気が良ければ歩行訓練のために(?) 庭もどきを歩きます。 おもいがけず、生き残ってたものが咲いてたり、勝手に生えて育ってたり・・・ ついつい時間を忘れそう・・・ 玄関先やベランダからも春が見えます。