春はどこから

コロナウイルス流行のせいで、もともとの実店舗が時代流れでやむなく閉店のところリスタートした熱海の「COTTON」もしばらくお休みとなってしまいました。

そこで提案です。

ホームページ上の拙著「春はどこから」暇つぶしに読んでみていただけたらうれしいです。見開きのページで読み切りになっていますが、掲載の都合で1ページずつです。

「春はどこから」を読む
やまね工房通信をリライトしてまとめていただいたもので「どうぶつ社」という出版社が刊行してくれたものです。
先の東北大震災後出版社が廃業し、絶版になってしまいました。
廃業がなくても、地味でほとんど売れませんでしたが。

それを半年の入院中に色鉛筆で「塗り絵」し、スキャンしてもらったものを載せてもらいました。なので、カラー版です。

コロナウィルスが地球上を駆け回り・・・
特別な人も、そうでない普通の人も、地球上のどの場所に住んでいても、平等に運しだいで命を落とす昨今です。

人類は今まで時短時短の効率ばかりを追い求め、太陽と月のリズムではなく24時間稼働したり、24時間あれば地球上のほとんどの場所に移動出来たり。

コロナウィルスは自分で移動しているのではなく、運んでいるのは人間です。

そして、それはウィルスか引き起こす症状の問題ではなくて、社会のシステムが一国の国内では機能しなくなって世界中で分業をする故の現象なのだと思います。
そもそもそれで「やまね工房」は廃業するはめになりました。

歴史の中で、人々が経験してきたペストなどの疫病は徒歩かせいぜい馬のスピードで広がるだけでしたが、現代は24時間で結構な範囲まで広がってしまうのでとても壁では防げません。

この騒動のおかげで受け入れ適正数を過剰に超えた観光客が減り、空気や水がきれいになったり、通勤ラッシュがなくなったり、プラス面もいくつかあるようですが。

さて、久しぶりにホームページ上でダウンロードできる拙著「春はどこから」を読み返してみたら・・・

最後の方に地球が生きものであって、すべての生物はその細胞のようなものでそれぞれ役割がある、というようなことを書いたのでした。

それは、そもそもわたしがやまね工房を始めた訳でもあり、人間も生き物であって地球の一部であることを忘れないでほしい、という願いを販売物の「ぬいぐるみ」に語ってもらうだけでなく、補足として絵と文で表現したものでした。

生物時間の中で生活していると、ドラマチックなことはしょっちゅう起こるわけではありません。

しかし、四季の移ろいの中、それは偶然などでは決して無く必然的にある出会いとして印象に残る「ドラマ」です。

それは人間界のわずらわしさや、目の前のやっかいごととは無縁のはるか昔から連綿と続いてきた生きものの歴史と同じ流れの中にあります。

よろしかったら暇つぶしにぜひ

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