量産商品が再製造出来ない「わけ」と作品も「通信販売出来ない「わけ」」
量産商品、やまね、ももんが、ふくろうのひな・・・ どのくらいの数を作ってもらったのか、正確な数字はわかりません・・・ やまね工房を始めてから3軒目の工場で、工場と言っても主に手仕事の小さな施設、形は株式会社。 パートさんや内職さん主体で、勤務は10人程度の規模です。 そこで、最終的にはパーツとなる材料のすべてをストックしてもらい、大抵は10ダース・・・120個を単位として製作してもらっていました。 型紙から起こし、金型屋さんに注文して製作した金型をプレス機械にセットして裁断します。 1つ作るときの型と、量産するときの型は微妙にことなるので、最後の量産型はすでに最初に作ったわたしの型とはかなり違います。 初めに何度も試作、修正を繰り返し、製造工程での効率を探り量産に適した金型を作ってもらいます。 わたしの仕事は最初のデザイン、型起こし、材料の選定と手配、あとはイメージに合わせてダメ出しをすること。 それでも、最初の20年ほどは全品チェックと必要なら手直しを熱海の工房でしていました。 そして、全国の思い切り偏った・・・「その生きものが住んでいるところ」か「コーナー展開出来るところ」に限って卸販売していました。 主にビジターセンターや山小屋、登山用品店などです。 直営の店舗は製造の孫請けを兼ねた網走店だけです。 卸販売していた店舗には不定期刊の通信を置いてもらい、付属で野山を感じるような小物やPOPを手づくりで製作して配布していました。 数量もそんなにたくさんは出来ませんから。 そのうち、東北新幹線が出来て下請けさんの継続が難しくなり網走に「孫請け」 を作って、ついでに直営の工房ショップが出来た訳です。 20年以上前になると思いますが、件の栃木県工場社長が地元に伝承の麦わら細工で出来た「虫かご」を下さったことがありました。 とても美しくて機能的な、素晴らしい「虫かご」でした。 その後、それをどうしたのか記憶が無いのは後遺症のせいかわかりませんが。 たぶん、今それはもう作れる人が居ないのでは?と思います。 材料の「麦わら」も「稲わら」も手刈りで乾燥させる必要があって、機械で田植え、機械で刈り取り(刈り取りと同時に粉砕して田んぼに漉き込む)の稲作の副産物としては存在しないからです。 小規模で先祖伝来の田畑をた