さとやま暮らし

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2020年3月31日火曜日

春はどこから

コロナウイルス流行のせいで、もともとの実店舗が時代流れでやむなく閉店のところリスタートした熱海の「COTTON」もしばらくお休みとなってしまいました。

そこで提案です。

ホームページ上の拙著「春はどこから」暇つぶしに読んでみていただけたらうれしいです。見開きのページで読み切りになっていますが、掲載の都合で1ページずつです。

「春はどこから」を読む
やまね工房通信をリライトしてまとめていただいたもので「どうぶつ社」という出版社が刊行してくれたものです。
先の東北大震災後出版社が廃業し、絶版になってしまいました。
廃業がなくても、地味でほとんど売れませんでしたが。

それを半年の入院中に色鉛筆で「塗り絵」し、スキャンしてもらったものを載せてもらいました。なので、カラー版です。

コロナウィルスが地球上を駆け回り・・・
特別な人も、そうでない普通の人も、地球上のどの場所に住んでいても、平等に運しだいで命を落とす昨今です。

人類は今まで時短時短の効率ばかりを追い求め、太陽と月のリズムではなく24時間稼働したり、24時間あれば地球上のほとんどの場所に移動出来たり。

コロナウィルスは自分で移動しているのではなく、運んでいるのは人間です。

そして、それはウィルスか引き起こす症状の問題ではなくて、社会のシステムが一国の国内では機能しなくなって世界中で分業をする故の現象なのだと思います。
そもそもそれで「やまね工房」は廃業するはめになりました。

歴史の中で、人々が経験してきたペストなどの疫病は徒歩かせいぜい馬のスピードで広がるだけでしたが、現代は24時間で結構な範囲まで広がってしまうのでとても壁では防げません。

この騒動のおかげで観光客が減り、空気や水がきれいになったり、通勤ラッシュがなくなったり、プラス面もいくつかあるようですが。

さて、久しぶりにホームページ上でダウンロードできる拙著「春はどこから」を読み返してみたら・・・

最後の方に地球が生きものであって、すべての生物はその細胞のようなものでそれぞれ役割がある、というようなことを書いたのでした。

それは、そもそもわたしがやまね工房を始めた訳でもあり、人間も生き物であって地球の一部であることを忘れないでほしい、という願いを販売物の「ぬいぐるみ」に語ってもらうだけでなく、補足として絵と文で表現したものでした。

生物時間の中で生活していると、ドラマチックなことはしょっちゅう起こるわけではありません。

しかし、四季の移ろいの中、それは偶然などでは決して無く必然的にある出会いとして印象に残る「ドラマ」です。

それは人間界のわずらわしさや、目の前のやっかいごととは無縁のはるか昔から連綿と続いてきた生きものの歴史と同じ流れの中にあります。

よろしかったら暇つぶしにぜひ

2020年3月30日月曜日

熱海「COTTON」しばらく休みます

コロナ禍

日々刻々状況が悪化して・・・

突然ですが・・・当面「COOTON」店舗はしばらくお休みさせていただくことになりました。

オープンガーデンは何とか実施出来、その間ちょうど良い感じでお客さまがいらしてくださったのですが。

おかげさまでわずかしか無い販売物は底をつき、公共交通機関の利用が危険という事態になってきて、日々ウィルスの感染者が増加しつつ近付いて来ている状況になってしまい。

思い切ってしばらく・・・いつまでが適当かも現時点では判断しがたく・・・店舗の営業は自粛することにしました。

自身が感染することはある種「運」なので、またここへきて何度か死に損なっているので、正直怖くは無いのですが、通っている「リハビリ」が介護施設なのでそこに持ち込むかもと思うとそれが怖くて。

網走店整理に伴って、網走からも洗濯や修理で商品や作品になるものたちが少し届いたり。
いまだ工房2階から出てきたりしているので、この期間に洗濯・リフォーム・リメイクしたり、復帰早々また諸事情で来られなくなってしまった製作スタッフの事情が許す限り出来るものを作ってもらったりしているうちにコロナの騒ぎも少しは収まるでしょう。

今回のコロナウィルスはしかし、地球が生きものであり、我々人類もそもそもは生きものであるということを無視したやりたい放題の結果生じたことで、たぶん当然の結果なのだろうと思います。

なので、単純に元に戻るということはもしかしたら無いのかもしれません。

これは、考えようによっては現状を考え直す「きっかけ」として天が与えた警告かもしれません。

中国やイタリアで空気が綺麗になったり、環境負荷や人々がもっともっと、と時短を追求した結果時間に追われたり、という生活にもたぶん限界が来ていたのでしょう。

ここまでくると、お金持ちは助かるという種類のものではなくなって、特定の地域だけに起こるいわゆる天災とも違い、人類すべてお平に「運がよければ助かるし、悪ければ死んじゃう」という天啓が降りたみたいです。

自分の身は自分で守る、という当たり前のことが出来るか出来ないか。

権力や資産の有無にかかわらず。

人類は考えなおさなくてはいけないようです。




















2020年3月17日火曜日

「庭もどき」その2

今年も気の早い連中が動き出し、いつもは4月初旬にならないと咲かないしんかりのはずの「山桜」がもう1輪2輪開いていて。

お彼岸前に咲いちゃいそうです。
「彼岸桜に変身した?」のかと思っちゃいます。

4月の半ばに咲くはずのシャガが道路わきに咲いていたり、エビネの蕾が伸びてきたり・・・なんだかもう順番がめちゃくちゃ。

今回の庭もどきはワイルド版です。










父が盆栽にしようと種を蒔いた富士ブナが鉢ごと地面に根っこを張って・・・もはや大木・・・わたしがまだ学生の頃だから・・・樹齢はたぶん50年近いのではないかしら。
山桜は小学生のときに1メートルくらいのを母と一緒に山から誘拐してきたやつ。

父は2000年に100歳で、母は去年97歳で天寿を全うしたのですが、樹木の寿命としてはまだ成人してないかもですね。

ブナはまだ萌芽していませんが、大好きな桂紅葉や、唐楓がまさしく芽を吹いています。
、オドリコソウやフキノトウ、植えっぱなしのヒヤシンスやムスカリなんかも自己主張なしにひっそり咲いています。


そよ風がグリーンノートで爽やか。

肺が綺麗になる気がします。

ほんとはみなさんに歩いてもらって自慢したいくらいなんですけど・・・

ちょっとだけおすそ分け