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1月, 2018の投稿を表示しています

闘病(というより後遺症との付き合い) その②

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小田原のイベントが終了して。 なんだかうまくいき過ぎ。 3回目の今年。 去年のローザンベリー出張も、一昨年のファンケルも。 無事に行ければ御の字だったくらいなのに、おかげさまですごく楽しくて。それが今年の小田原に繋がっていて。 然るにこれはやっぱりドレスデンのお導きではないかと。 前回、動植物とも何らかの意思疎通が出来る気がする、と書いたのですが。 同じことが肉体を失った繋がりのある「故人」にも言える気がするのです。 その方たちが応援してくれている気がして。 11月に、長い付き合いの友人が星になってしまいました。 彼女は現代アートの作家で、モチーフは主に植物、わたしと同い年で。 わたしより少し前に重い病を得て。 2017年・重予んちの八重桜 2017年・重予作・切り花 2017年重予の花壇 2017、重予んちの桜塩 わたしが五体行方不明になってから、お互いの趣味に合うモノや食べ物を送り合ったり、メールのやり取りをしていて。 お互い、作品を作ることが生きることだったのに。 思うように出来なくなっちゃったから・・・ お互い、何かうれしいことがあったら一緒に喜んでくれて。 悲しいことや辛いことはぐちって。 星になってしまって、悲しい、という言葉では表現しきれない気持ち。 じつは去年も彼女の希望で「花絵本」パンジーたちを下田農園さんから送ってもらったのです。 すごく喜んでくれて何度か写真を送ってくれたり、今年も欲しいということだったのですが・・・ 今年は秋の天候がヘンテコで、11月初めにまだ送れていなくて。 緊急入院したから、送っていなかったら止めてほしいというメールと、まだ送っていなかったから止めた、という返信が最後のやりとりになってしまいました。 他人の不幸は蜜の味、と言うけれど・・・ 表面的な付き合いではなくて、長く付き合える友、と言える友人は。 うれしいことを一緒に喜べる。 だから、こんなにうまくいったのはその友人や、園芸の師匠の采配みたいな気がします。 だって、一緒に講演をした方々も、その師匠にゆかりのある方だったし。 運動能力だけを見たら、とても「園芸」界ではやってゆけなくなっているわたしが、こんなにあちこち(3年かけてだけど)出かけ

小田原フラワーガーデン 展示と講演

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一週間のパンジー・ビオラ展、おかげさまで無事に終了しました。 関係者のご尽力で、屋外の展示や室内での展示、苗の販売ともに好評のうちに終了したようで、ほっとしています。 講演には、飛び入りで趣味の園芸講師、金子先生にもご参加いただきました。 金子先生 小田原パンジー展 設置・下田さん作品 小田原パンジー展 2018、小田原フラワーガーデン わたしは最終日に自分の役割をこなせただけで御の字の状態。 ドタキャンもせず、参加のみなさんにお目にかかれて良かったです。 まだ、予定の仕事は自己管理が完璧じゃないので、どきどきです。 一人で行けないから誰かのお世話にならなくちゃだし。 当日のレジュメです。下記のようなことをお話しさせていただきました。 個人育種ビオラとは 一般の方が手に入れる「植物の種」は、最近では主に種苗会社が絵袋(写真)に入れて園芸店やホームセンターで販売しています。 そのほか、野菜や花きの生産農家向けにも大量に販売していますが、それらはご多聞にもれず最近はほとんど輸入です。 F1と言われる一代雑種は雑種強勢でばらつきがなく、誰が作っても良くできる上にそれから種を採るとF2は遺伝の法則でバラバラになるので、種屋さんから種を買わなければならないので恒久的に種が売れる、というわけです。 しかし、F1を作るためには交配、種の収穫とも手間がかかり、日本人の人件費では賄えないというのがげんじょうのようです。種袋の裏に、たいてい採種地が載っていますが、びっくりするような世界の国々てす。個人育種の種は、そんな商業ベースの種ではなくて、純粋に植物とそれに惚れちゃった人々とのコラボレーションだと、わたしは思います。 お金儲けにはならないし、半端ない手間と労力、そしてそのためにお金がかかったりもします。しかし、植物とのコラボレーションで生まれた「世界にひとつだけの花」は、それでも続けちゃうくらいの魅力があります。これは、もしかしたら「病気」かもしれません。 新しい「世界にひとつだけの花」に出会えるまでの、種を蒔いて芽が出る神秘は生命力の「目に見える形」であり、地球上の生命が太陽と月の織り成す環境に、人類よりずっと前から適応してきた大先輩の生きざまでもあるわけです。それは、エネルギーを与えてく

闘病(というより後遺症との付き合い) その①

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いつの間にか、クモ膜下出血から4年が過ぎ、もう少しで4年半というところになりました。 脳の事故なので、その前後の記憶が無いのとシステムが壊れて学習したことがほぼ出来なくなっちゃったのですが、データとしての記憶は無くなった訳ではなく。 たぶん、インデックスがとんじゃって取り出せないだけなので、それを付けなおせばまた使えるのかもしれません。 人工で作ったのを「電子頭脳」、というだけあって、そのあたりはコンピューターの仕組みとそっくりだなぁと妙に納得したり。 脳というのはコンピューターよりさらに汎用性があって、失った機能を別の場所が肩代わりしたりもあるらしいのですが・・・ 残念ながら、わたしの脳はすでに還暦を迎えて中古もいいとこなので、不要なデータで一杯になってて、簡単には肩代わりしてくれないみたいですが。 データを圧縮して、要らないのは捨てちゃえば良いんですけどね。 しかし、運動能力と情報処理能力を失った代わりに、脳の古いところが活性化された感じはリアルにあります。 例えば、入院中に文字が書けないとき、絵が描けたり。 文字や数字、スマートフォンの操作など、最初は全然ダメでしたが、そのうち再学習出来たみたいで今はほとんど不自由は感じない程度になりました。 情報処理はまだだめで、住所録や調べものはとても難しいです。 短期の記憶がうまくいかなくて、人の名前や数字の記憶、文字列と数字はよほどの印象がないとすぐに消えてしまいます。 同年配の友人は年相応だとなぐさめてくれますが・・・ それは、以前に比べて3重に書き留めているつもりなのに、たまに約束や予約を忘れるという「日常生活にいくらか支障」のレベルです。 その代わり、感性は以前の数倍するどくなった気がします。 あと、言葉の選び方やいわゆる頭の回転は早くなった気がします。 それから、以前からのところもあるのですが、動植物や鳥と交信できる気がすること。 もちろん、単に注意深く見る時間があるだけかもしれませんが・・・ つい最近、玄関先に巣があるのを教えてくれた「キジバト」の雛が2羽巣立ちました。 巣立ちの前日、当日、ま、偶然かもしれませんが、見せてもらいました。 キジバト巣立ち雛 そして、数日前には窓の外を野鳥が横切った気がして。 今は使っていない「烏骨鶏」

臨時速報

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先月お知らせした、小田原フラワーガーデンでの「講演」についてです。 植物界に復帰しつつある最近、講演なんておこがましいのですが・・・ 「育種ビオラ」の宣伝マン、「種まき病の伝道師」としては良い機会なので。 ご存じない方のために「育種ビオラとは?」 そこから、「植物とのコラボレーション」の魅力や、それこそが人類の未来につながるビジョンになりうる、っていう死に損なって得たわたしのひらめきなどもお話しできたら、と考えています。 さらに。 当日、もしかしたら「サプライズゲスト」が参加してくださる可能性も・・・ まあ、ここへきて寒波で雪が降るかもしれないし、滑って転んでい行けなくなる可能性もあるけど・・・ 無事にできますように。 画像は今年のベランダです。

新年のご挨拶

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やまね工房にとって、2017年は激動の年でした。 後半で卸し販売終了、量産も終了。 何事も始めるときは若いし、エネルギーがあってけっこうなハードルがあってもというかハードルが高いほど、エネルギーが出ちゃったりするものですが・・・ 終了するのには、それなりの理由もあり、エネルギーは枯渇していて。 継続に向けて、精一杯の努力はしたのですが、力及ばず・・・ しかし、これは時代の変化や社会構造の問題で、零細の数人がどうこう出来る問題ではありませんでした。 そういう意味では敗北ですが、地球が生命体だと考えればそもそも勝つとか負けるとかではなくて、これから先の未来が続いていくために、生きものみんなが共振する方向にシフトすることは必然と思われるので、ある意味量産をやめるということはシフトであると思います。 一人ひとりが、シフトする勇気を持つのは不可能かもしれませんが、もしかしたら、それは自然の流れかもしれません。 いずれにしても、その変化の中で「今までやってきたことは間違ってなかった」という確信を与えられたのは大変幸福なことです。 奇しくも、量産を終了することで、ごひいき頂いたみなさんからたくさんのメッセージやご注文をいただき、実感することが出来たのですから。 これから、未来がある方向にシフトするのは容易ではありませんが、死に損なって「おまけ」になっちゃった人生、出来るだけしか出来ないけど。 そのように考え、行動していきたいです。 出来高になっちゃいましたが・・・ 本年もよろしくお願いします。