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6月, 2023の投稿を表示しています

ぬいぐるみ写真のご紹介

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テーマ:お気に入りの場所 ペンネーム:タロ お住まい:大阪府 この子との出会いは正直いつからなのかちゃんとは覚えていません。そのくらい物心ついた時から家にいて枕元に置いて寝ていました。 実家は長野県で祖父がやまねやカヤネズミの研究をしていたのでおそらくその関係でおうちに来たのだと思われます。 実家を離れる際に枕元にあったこの子を連れて行きました。それから長野→東京→大阪と引越していますが、この子もずっとついてきてくれています。 東京に居た際、木彫りのお家がきて主にその中で暮らしてもらっています。 それから結婚して奥さんもこのやまねを可愛いと気に入ってくれていて、お揃いでお迎えしたいね〜と話していましたが、そういえば「この子はどこから来たのだろう」とそこで初めて疑問に思いました。今まで側にあるが当たり前になっていて考えたこともありませんでした。奥さんが調べてくれて初めて、やまね工房さんを知りました。 それが2.3年前だったので網走店は閉店されていました。お揃いにしたいと思いつつも、今いるこの子を大事にしていきます。 落合より おじいさまが研究者、とは! もしかしてわたしの知り合い? 作り始めた頃は、実物や研究されている方に会おうとあちこち行きました。 かやねずみは実物は飼育下のものしか見ていませんが、自宅敷地並びで作りかけ の巣を見かけたこともあり・・・ 現在もですが、夕方からフクロウの声が聞こえていても、その時間帯は車の走行 が多くて・・・ 知っている鳴き声を聞き取ろうとしない限り、聞こえないのだろうな・・・と思 います。 残念なことですが、たぶん、現代人の耳には聞こえなくても良い音なのでしょう。 いずれにしても、ちょっとした気持ちの余裕で、聞こえる音、感じる気配・・・ 大切にしてほしいです。 やまね、大事にしてくださって、ありがとうございます。

ぬいぐるみ写真のご紹介

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テーマ:網走のやまね工房通いました ペンネーム:まっす~ お住まい:北海道旭川市 実家が網走にあります。20年?30年?前に帰省した際、こんな山の中にかわいい工房ができた!と興奮。 以来、帰省するたびに工房に遊びに行き、少しずつお仲間を連れて帰りました。 エゾリスは娘の、他は独身の頃に私がゲットした子たちです。 なんの気なく「やまね工房」でググったら、こんな素敵なページにたどり着きました。 うちの子たちも見てやってください! 落合より 30年の重みって、それが過ぎて初めてわかるものなんですね。 ありがとうございます。 続けて良かった。 生きててよかった。

ぬいぐるみ写真のご紹介

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  テーマ:可愛いふくろう ペンネーム:ひろころ お住まい:滋賀県彦根市 初めてこの可愛いふくろうのぬいぐるみを見つけたのは25年程前スキー帰りの長野の道の駅でした。白くてふわふわで目がとっても綺麗! 一目惚れして連れて帰りました。(右の子) あまりにも気に入りすぎて、やまね工房というタグを頼りに検索するも、自宅の近くではもうこのふくろうには出会えないと知りがっかり… それから10年後、京都に旅行に行った時、嵐山のお店でやまね工房さんのぬいぐるみを扱っている所があると知り、一目散にその店へ すると…いました!夢にまで見た可愛い子が! そして連れて帰ったのが左の子です。 本当に本当に可愛くて、毎日癒やされています。 落合けいこ様、この子達を生み出して下さって本当にありがとうございます。 落合より 10年以上前の・・・ 町工場全盛の時代をほうふつとさせる「とてもよくできた」製品としての 「ふくろうのひな」です。 じつは、わたしが1つ作った、雛型としての試作品よりもはるかに良く出来てい る、と思います。 それは日本の町工場の、職人の、「技術力」です。 はじめは、規格品としての「ぬいぐるみ」と、わたしが求める「生きいるみたい な」多様性との間にある種のギャップがあって・・・今から考えるととても難し いことだったのだろうと思いますが・・・ それこそが日本の町工場の底力だったのだろうと。 たぶん、奇跡とも言える出会いだったのだろうと感じています。 だからこそ、いまだに大切にして下さったり、次世代にも引き継がれて、 いわゆる「アンティーク」として残るかもしれない・・・と、 ひそかにほくそ笑んでいます・・・ ありがとうございます。

久しぶりに一点もの製作

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このところ、早々に出来た台風や、低気圧、梅雨寒などで体調が安定せず… 軒下にやってきた、モリアオガエルの団体さん…卵塊やおたまじゃくしのお世話などで忙しく… 一点ものの製作が疎かになっておりました。 久しぶりにたぬきの子、三兄弟を製作したのですが。 はたと気がついちゃったのです。 一点ものは、意匠が必要なので… 量産品とは違う、技術が必要なのでした。 量産品には量産品の技術があって、たぶん「やまね工房」の商品は、そのような「町工場」の技術に出会ったからこその奇跡に近い…いや、必然だったのだろうと… だからこそ、今でも大切にして下さる方々や、また欲しいと希望される商品が出来たのだった、と。 意匠が必要な一点ものは、まさにわたしにしか出来ないもので、それはご先祖から頂いた、稀有な才能であろうと… 一点ものは、まさしく自然界がそうであるように、1つ1つ、同じものが無いにも関わらず、それぞれにぴったりのプロポーションや、表情を持ち、だからこそ生きているように見えるのだ、と。 それは、作品を作る人のみが自信を持ってやるべきことで、他の人には出来ないものなのでしょう。 それが、アートというものなのかも。

来店されたお客さんが連れてきてくれたもの

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最近、来店される方はよく、ずっと大切にされているずいぶん前からのぬいぐるみを、全員連れてきてくださいます。 比較的最近・・・といってもここ20年くらいは、町工場から直接販売店に送っていただいていたので、熱海の工房は通過して居ませんが・・・ 20年くらい前までは熱海から発送していたので、まさに里帰りです。 やまねは、仕上げに顔をトリミングするのですが、ほぼわたしと母が担当していました。 町工場でカタチは出来上がっているので、顔のトリミング、背中の線描、検品を1点ずつ、1日に多いときは300匹。 母が100くらいは出来たので、2人で400くらい。 鋏を手にしていないときは食事の時だけ、という感じでした。 いまでは懐かしい思い出ですが、町工場も廃業、母も97歳で亡くなり・・・残念ながら継承は不可能でした。 修理を頼まれることもありますが、カタチが変ることを好まないお客さまもいらっしゃるので・・・ 量産品には量産品の良さがあって、それはじつは1点作るのと違う技術です。 1つ1つにこだわらなくても、ほぼ同じものが同時にたくさん出来上がるシステム、されはまさに日本が誇る世界に勝る技術だったのですが・・・ コロナで明らかになったように、人件費が安いところへと仕事が分業されていき、技術の評価は置いてゆかれました。 なので、基本的には量産品のシステム自体が無くなってしまったので、同じものは出来ません。 修理も、可能ですが、量産品とは違うので・・・ 元通りにはなりませんし、お任せだとどうしてもそれを素材にした作品になってしまうので・・・ 郵送での修理はお受けしないことにしました。 ご来店の上、目の前で触ってよいところだけ手をいれます。 手をいれてしまうと、元には戻せないので。