ヌマエビとヤモリ

今日、午前中にホトトギスを聞きました。
今年は来ないな~と思っていたら、1週間くらい前の夜、ひと声聞こえた気がして・・・
彼らは夏の間に繁殖して冬は南へ渡るので、夜の間も鳴きながら飛びまわります。
托卵と言って違う種類の巣に卵を産む、特異な習性を獲得したホトトギスの仲間。ジュウイチという種類もいて、「ジュイチー」と鳴くのですが、長野県で一晩中、大音響で叫ぶジュウイチのせいで眠れないことがありましたっけ。

今年はエルニーニョの年だそうで、カツオの回遊が遅れているそうです。
季節の流れは太陽や月の動きもありますが、海の対流や風の動きなど、様々な要因が組み合わされて起こること。網走に滞在していたとき、ご近所おばちゃんの言葉にえらく感動した覚えがあるのですが、「カッコーが鳴いたら豆を播く」という農業歳時記みたいなものが、北海道にはあるといいます。
つまり、先の予定を何月何日ごろ、とするのではなくて、自然の指標に合わせて農作業をする、というもの。北の地では年によって大きな変動がある上、いわゆる夏の出来高によってその冬の暮らしまで左右されるというリスクに対する、生活の知恵ですね。
それはすなわち、それだけ厳しい世界を感じてきたから生まれたとも言えます。
気候穏やかな地方で、予定することに慣れて生活していると、それが前提になってしまう。本来、季節の移ろいは年によっていろいろなのかもしれません。植物も動物も、それに合わせて生活しています。だから、たとえば花の開花を予測して、「なんとか祭り」で集客する、みたいなことは出来ないのかも。

ところで、縁側に置いてあった水槽、軒下のこともあって、夏から冬までの不在ですっかり干上がってしまいました。毎年、蚊の発生を抑えるために水たまりに入れるメダカの、越冬場所だったのですが、今年は絶望的。
で、いままで放っておいたのですが、さすがに水草も枯れそうなので、2リットルペットボトルに水を入れて、何回か補充しました。
そうしたら、水中に何か動くものが・・・
ヌマエビが生きていた!      確か3年ほど前にホームセンターで購入したもの。
確かに湧水や水量が減る冬季などに川沿いに残るワンドと呼ばれる水たまりで越冬する彼らにとっては、軒下の水槽も同じようなものかもしれませんが、水中で動く長いヒゲを見たときには正直驚きました。

水槽の中で生きていたヤマトヌマエビ

その日、それを観察していて、アルミサッシの敷居に手をやったら、何かに噛まれた!
左手のひとさし指の先を洗濯バサミに挟まれた感覚・・・それはヤモリだった。
一瞬、何かわからなくて、温かくも冷たくもないぐにゃっとした皮膚に触れたときはぎょっとしてきゃーっとさけんじゃったけど。そのときすぐに撮影すれば撮れたと思うのですが。なにしろヤモリは水平面を歩くのが不得手で、敷居の外にお引き取りいただくのに少し手間がかかりました。声を訊きつけてやってきた母に箒でたたかれる前にお引き取りいただいてよかった。

ヤモリがはまっていたアルミサッシの敷居

やもりに噛まれたのは初めての体験です。この日の夕方、フクロウの声も聞こえた気がして、ラインのグループトークに載せたら、友人に言われました。
エビが見えたのも、フクロウが聞こえるのも、わたしだから、って。ほかの人には見えないし聞こえないって。目からうろこ、でした。
そうか、興味のない人には見えなかったり、聞こえなかったりするんだね。もちろん、見えたり聞こえたりすることは偉いとかそういうことじゃないし、だから何?ってことかもしれないけど、きっと昔の人は今の人に比べて見えたり聞こえたりしたと思う。だって、それがないと生活するのに困るから。今はそれが生活と全然違う世界に行ってしまった・・・それがわかって、なんだかうれしいような、さびしいような。取り残されたような・・・

助産師をしているその友人は、現代人は五感を研ぎ澄ます必要がある、と言っていました。積極的に研ぎ澄ますことをしないと、なくても生きられるからね。
わたしはこの入院でいろいろ気が付いたけど、当たり前と思ってたことがじつはそうじゃないってことがたくさんありました。

下の画像は、満開のエゴノキです。
エゴとはえぐいこと、かつて実をすりつぶして川に流すことによる漁業、すなわち魚毒に使われた有毒成分を含むという意味らしい。それはいわゆる果肉で、中の種子は野鳥のヤマガラが大好物。
ときどき様子を見にやってきて、害虫を食べたり、熟し具合を調べたりし、秋にはみんなで収穫して、食べきれない分は石垣や木の割れ目、植木鉢の中などに隠して貯蔵します。忘れられたものが翌春発芽することもあります。
開花するとたくさんのハナバチもやってきます。


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