さとやま暮らし

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2015年9月21日月曜日

タイムトラベル

最近、ずっと疎遠だった親戚の中に、同じ遺伝子を発見しました。

若くして亡くなった「いとこ」が、ミステリー小説を書いたり、作曲や演奏をしたものとネット上で出会ったのです。

4つ下の、彼の存在はそんなに近いものではなく、そういうことをしていた、というのは知っていたのですが、具体的には全く知りませんでした。

彼の兄弟と、正直、大人になってから始めてメールのやり取りをして、その「作品」と出会ったのです。

今度の臨死体験以来、別の人の著作の中で故人である先輩と再会したり、園芸作業の助っ人をやはり故人である「園芸の師匠」ゆかりの人が偶然手伝って下さったり・・・

記憶や人と人のつながりの中で、人は亡くなっても生きているんだな、と感じたものですが。

以前にも書いた気がしますけれど、現代美術の作家である友人と、植物をテーマにした作品について話していたときに、南半球の作家さんとの会話で地球の反対側でも、同じ時代を共有しているということで、同じメッセージを受けた気がする、というような内容があって、同じ時代に生きて同じ映像を見たり、感じた空気感を表現することには何か共通点がある気がします。たぶん、言葉によらない感覚を、言葉ではなく感性で感じることが出来るもので表現するからでしょうね。

こういう感じを得たとき、国や種族を越えた理解や共有があり得ると信じられます。

言葉にしてしまうと、謀や虚偽が混ざってもわかりにくい。

だから、感性は大切だと思うのです。

自然に対して謙虚に学ぶ姿勢があれば、その禍を避ける術を教えてくれるかもしれません。

また脱線しちゃったけど・・・

これは40年以上前に「製本」したわたしの作品です。「星新一」にかなり影響を受けています。でも、パクリじゃないですよ。オリジナルです。

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だいぶシミが出来たり、痛んでいますけれど。

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