さとやま暮らし

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2016年3月11日金曜日

東北の震災から、5年が経ちました

5年の歳月が長いか短いか?


一日24時間の繰り返しとしたら長いかもしれないし・・・
地球の歴史からした一瞬とも言えないくらい短いかもしれない。

たぶん、地震と津波だけだったら、人類を含めた過去の生きものたちが幾度となく経験し、言い伝えや教訓として、また記憶の中の「勘」として対処してきたことでしょう。
そして、その地球の歴史的な時間をかけてまたもとの日常を取り戻す・・・
ということを繰り返してきたであろうことは想像できます。

そして、それは地球が生きている証でもあります。

震災のあと、網走に行く用事があって、上空を航空機で飛びました。
窓から見えた光景は人工物がことごとく無くなって、ただ海岸線や農地だったであろうところも一様に茶色の、平坦に見える地面でした。

そのときわたしが感じたのは、ああ、人類がいかに地面を改造しようとも、生きものである地球は、生きものであるが故にその循環を取り戻すのだな、ということです。
そこに、おびただしい人や生きものの生活があったとしても。

地球が生きているからこそ、そこに生きものが生活できるのです。

そして、地球が生きているからこそ、水が対流し、大地が動く。

この教訓になぜ学ばないのでしょう?

もちろん、この災害に直接遭って、家族や生活を失った人は十分学んだと思います。
けれど、感性があれば、だれもが自分のこととして学べるはずなんですが。

原発事故・・・これは自然災害ではありません。
過去の歴史や、今回の災害で未来の生きものたちの生活にどんな影響を与えるかはいまだ未知数です。

インディアンの言い伝えで、ウラン鉱石の山は「触れてはいけない」ものらしいです。

教訓は、感情を伴って口伝えではじめて伝承されるものだと、この震災で知りました。
人の一生なんて、地球の歴史から見たら一瞬にもならないから。
様々な地球の営みによって世代が絶滅しないように。
勘を働かせ、教訓を言い伝え。

人類は言葉を獲得し、文字を編み出し、感性を失くし。

文字に置き換えることで、宇宙の法則は忘却の彼方へ・・・

最近では、自分の感性を信じられなくて、電子頭脳に丸投げしようとしているみたいです。
人がこうなると認知症といわれる老化現象です。

今、わたしたち人類はこの震災、原発事故に学んで、地球の循環を促進する方向に、考え方をシフトするべきだと思います。
地球上のすべてのもののために。
もし人類に智慧があるなら、エネルギーも資源も、再生可能なものに。太古から生きてきた植物や微生物と協力して、循環に参加することは、たぶん不可能ではないと思います。
なぜって、過去の人類は、少数民族と言われる生き残りの人々もそうしてきたのですから。

そして、報道の端っこにはそんな兆しも確かに見えます。


地球上のすべての「もの」は最初はひとつから生まれた兄弟みたいなもので。
宇宙のすべての脅威から身を守り、生き続けるためにはすべてが他のために。
だから、生きものは常に他者の役に立つ、もしくは他者を喜ばせるために生きている。
もしくは生きていると感じることは他者を喜ばせること。
宇宙船地球号という言葉があるけれど、舟の乗組員は、常に他者を思いやる気持ちが無ければ自然の営みによる災難を越えて生き続けることは困難だからでしょう。
臨死体験で得たものは、「宇宙の法則」
地球上のすべてのものは、共通の美意識を持ち、他者を喜ばせるために生きている。

最近思います。

大丈夫。人類だけで何とかならないかもしれないけど、昆虫も植物も、微生物も魚も。みんないるから。
きっとみんなも、とりわけ植物が、何とかしてくれるかも。

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