さとやま暮らし

blog

2014年12月30日火曜日

覚書 テレビ番組「プレミアムドラマ」


12月のNHK、BSプレミアムドラマで「書家 金澤翔子さん」の番組を見ました。
「お母さま、しあわせ? 母と娘の・・・」という題が付いたいわゆるドキュメンタリードラマです。他にあと2話あって、かつて一世を風靡した故「ナンシー関」という消しゴムで作ったスタンプで芸能評論みたいな表現をしていた女性のものと、もう1話は沖縄の離島でドクターヘリを継続している現役の医師の話。
全部とてもおもしろくて感動できました。
なんか制作陣の気合いが入っていて、気持ちよかった・・・そういうのって見る側に伝わると思う。

で、その中の1話

彼女はダウン症を持っていて、ダウン症の…と言われることが多いのですが、今や「書家」として立派な表現者のひとりであり、他のダウン症の人々も感性がたぶん、普通と言われる人々よりもすぐれていると思われます。
ただ、表現する技術を学ぶチャンスが少ないので、まわりの人たちがそれを上手に作ってくれないと表現することは難しいのだと思います。
それはたぶん、翔子さんのお母さんのように、ほんとうに彼女を愛している人にしか出来ないような「忍耐」と「ある種の厳しさ」が必要なことです。
それは、親が子どもを育てるということの原点であるような気もします。
お母さんはたぶん、子どもより先に肉体を失うわけで、そうなったときに子どもが、まわりの人から尊敬される・・・人として扱われる・・・ような人に育てることが親としての役割だろうから。

思うに13番染色体の、1本多い1本は、現代に生きるわたしたちが「途中で失ったもの」なのかもしれません。
ダウン症のひとたちは「天使のよう」という表現をされるように、「思いやり」があって、感性が豊かです。それはたぶん、人類が本来生物として持っている古い脳の部分であり、情報処理のための新しい脳を発達させるためには「余分」な「制御装置」なのかもしれません。

現代人は、出生前診断と言われる「科学技術」で、それを思い出す縁すら断ち切ろうとしている・・・

そんなことを考えさせられる番組でした。

たぶん、制作意図のひとつだろうけど、他のダウン症の人たちが、表現の方法を獲得するチャンスになってくれればいいな。

解離性くも膜下出血と後遺症②


病院で意識を回復したとき、体のどこも動きませんでした。
呼吸は苦しく、首も曲がったまま。痛みは感じなかったか、覚えていません。声もほとんど出ませんでした。
そのときの記憶は、とても漠然としています。

夢かうつつか、という感じで、たぶん見舞いに来てくれた人だと思うけれど、ときどき知人も登場しました。カーテンやシーツの印象でしょうか、雪景色の中に何か自然の展示をしたような気がしました。計器のモニターでしょう、蛍光色の緑や赤が光っている機械も見た気がします。扉が開く音が猫の声に聞こえたり、耳や目から入る情報を「使えない脳」で必死に分析していたのだろうと思われます。そして、いつからかそれは病院のドキュメンタリーになっていました。

今から思うに、たぶん自身の持っている情報の中から、大好きだった海外ドラマの「ER」(緊急救命室)をあてはめたのでしょう。自分に起こったことが理解できない、というより受け入れ難くて、客観視していたのだろうと思います。
夢とうつつの境目がなく、意識のある状態を維持できないために、わたしの言動はかなり変だったのでしょう。まわりの人たち(医療機関のスタッフとか)は「頭のいかれちゃった人」という感じだったんでしょうね。でもね、そのときの記憶はたしかにすべてつながってはいないけど、うれしかったことや悲しかったこと、つらかったこと、など印象に残ることは全部記憶に残っています。

これは「老化」による認知症といわれる人たちにも当てはまると思います。
「手当」といわれるように、人の手がもたらす安心感や温かさ。また「抑制」とよばれる手脚の束縛の悲しさ、辛さ。辛辣な言葉のショック。でも、「せっかく助けてもらった命」「自分の命は自分で守らなくちゃ」動けない身体的な辛さよりもそちらの方が自分にとっては良い体験だったのかもしれません。

今までどんなに恵まれていたか、やりたいことが何でも出来て、子どもの頃の夢がみんな叶ったこれまでの人生はしかし、すべて自分で作ったわけではなく。まわりの人たちや環境によって出来ていたのだ、という当たり前のことに感謝していないばかりでなく、気づいてもいなかった訳です。あのまま死んでいたら、たぶん気づかないままだったでしょう。脳が壊れて、感性だけが残っている状態で、他人の手の暖かさと、厳しさを同時に感じる体験は、わたしにとってとても大きなものでした。何より「死」に対しての感覚が今まで持っていたものと全く違うものになりました。たぶん、それまでは自分のものとしてとらえることが出来ず、とても漠然としていただけだったのかもしれません。

これを臨死体験と言っていいのかはわかりませんが、とにかく、「死」はすぐそこにありました。以前、網走に滞在していたとき、谷地の底なしにはまって、抜けられなかったら・・・とか、自分の畑でトラクターの事故で死んじゃうとか、家の前なのに吹雪で遭難して死んでしまう、とか、死は身近なものだという強烈な印象を得たことがありましたが、日常の生活の中ではそれは簡単に忘れることが出来るので、すっかり忘れていたのです。

「死」をとても近くに感じてみて、恐怖は消えました。むしろ、茫漠とした時間の中で、今までの人生がいかに幸せだったか、「こころ」の安心のためには共感してくれる他者の存在が大きく、そのときの親切がどんなにありがたいか。
あのまま「死んだ」としてもわたしは「幸せ」だったと感じたものです。
負の経験も忘れる、というものではありませんが、誰かを恨むとか、仕返ししたいとか、そういうものでは決してなく。たぶん、当事者はそのとき、発言出来る状態ではないから、戻って来れたわたしは、すくなくともそういう状態のとき、記憶も感情もちゃんとあるので、どのように扱ってほしいかは言うことが出来るし、発言するべきだと思います。体験していないことはわからない・・・でも、そのために言葉があるなら、まず伝えなきゃ。伝えないで、ああしてくれない、こうしてくれない、と言っても、解決にはならないよね。

2014年12月29日月曜日

解離性くも膜下出血と後遺症①

一年半が経ってようやく、自分の身に起きたことの全貌が見えてきました。



昨年の7月18日・・・救急搬送で近所の脳外科へ記憶はないので、あとから家族や友人たちから聞いたのですが。

その前日、7月17日は東京で「いきものつながりアート展」のためのミーティングが予定されていたようなのですが、ひどい頭痛で行けないという電話をしていたらしいです。で、その日に脳外科を受診。
CTスキャンを受けて痛みどめをもらい、帰宅したようでした。
動脈瘤ならばCTに写るらしいのですが、解離(解離性動脈瘤とも言うらしい)の場合はひび程度なので造影剤を使うか予約が必要なMRIでないと画像診断出来ないらしく、いわゆる救急外来での検査ではわかりにくいようです。

最近、その日受診することを決めたらしい血圧の測定値を発見したのですが、上が160となっていました。(血圧もコレステロールも低めだったので、平時の血圧は120前後)つまり、画像や血圧からは血管が裂ける可能性は見つからないということです。

じつは前兆として下肢の痛みや船酔いのようなめまいと、シャワーみたいな耳鳴りが一緒に起こるというのがあって、整形外科でレントゲンを撮ってもらったり、耳鼻科で検査をしてもらって「メニエール様症候群」と言われたりしていました。

それが3月ころからあった記憶があります。
そして、7月半ばまでに、その年の秋に向けて農家にパンジー種子を発送する、5月末決算のため、年度末の出納帳をパソコンに打ち込む、と年間行事のうちもっとも厳しい仕事をようやく終了した直後でした。
今考えると4,5月に犬たちを送り、4~7月は美大の講師で週に3回は東京に通っていたので事務仕事や交配・種子の整理はどうしても夜中になってしまい、慢性的に寝不足でしたね。おまけに保護司をしていたので、その合間に会合や面接、報告書の作成など何かがあって、休息する時間が全くありませんでした。

犬が元気なときは手がかかってもそれがストレス解消になったのですが、その犬が相次いでなくなり、それもストレスになってしまったと思われます。

で、受診の翌日、朝起きてこない・・・けれどあまり寝てないからもう少し起こさないでおこう・・・昼近くなってスタッフが見たらどうもおかしい・・・救急車 となったわけです。

2014年12月28日日曜日

先祖から受け継いだ記憶



日常はそのほとんどが「慣れ」で出来ている。
「慣れ」は学習とも置き換えられ、生後その環境から習得する。
姿形は遺伝子という形骸的な伝達で決まるが、それは形だけのことなので肉体は言わば器。中身は記憶も含めて確かに伝わるのだが、それは器の遺伝子ということでなく、種として地球で経験したことも含めた記憶を、生命すべてがひとつずつ持っている、「魂」といわれるものの中に。

臨死体験後の自身の経験により、これは「量子」と呼ばれるものではないかと想像する。(勘違いかもしれないが、ミラクルで与えられた情報)
それは、地球という生命体が最初から持っているもので、絶対数は決まっている。
「器」としての肉体には寿命があって、それぞれほぼ決まっているが、「量子」には決まった寿命はなく、記憶は重なってゆく。
脳で言えば「辺縁部」のごく古いところにそれはあり、「器」の経験が事故などで消えてしまったとき、活性化する。
「種としての古い記憶」そのとき、人は確かに自然の、ある一部であり、自然界で特定の役割を持った複雑なタペストリー(織物)の大切な部分である自覚があったと思われる。それは一部であって、全部である。つまり、宇宙の法則。すべては同じ種類の「量子?」で、もとは一つである。そして、安定した状態で継続するために多様性(バリエーション)をめざし、それを「織物」(曼荼羅)にすることによって、どんな事態にあってもどれかが生き残り、またバリエーションを増やせるということがみんなの目的。そして、元がひとつだから、共感や共振を「幸福」と感じる。共通の手段は「感」でわかるもの。すなわち、音や光、色や形。

「美しい」という認識も。鳥や昆虫、植物にも意志がある。鉱物は生命の基準から言ったら動かないし、魂がないというふうに感じるが、彼らも長い時を経て結晶になったり生成したりする。つまり人の一生くらいの間に動きは見えないけれど。(宮澤賢治は鉱物にも命があると考えたらしい・・・その美しさに人は惹かれる)人類はその脳の新しい部分で、「考える」ということに執着し、「感じる」ということを忘れてしまったのかも。けれども、地球上で生命として生きてゆくためには、それをとりもどさなくては。このリハビリは相当厳しいけど。

そうしないと、人間やめる前に、生物をやめることになる。そうかといって「神」になれるわけではなく。「神」は単細胞の生物の中にあり、地球全体であり、なおかつ宇宙だから。これ、宇宙の法則。すなわち、多様性で成り立つタペストリー(曼荼羅)それぞれはなくてはならないパートを持つシンフォニーのようなもので、自身のパートの重要性と同じくらい他のパートの重要性を認識し、敬意をもって尊重する。そうすることによってしか成立しないから。

2014年12月27日土曜日

番外編 宇宙の真理


早朝、4時から5時。
ふと目覚めてつらつらいろんなことを考える。
体はまだ寝ているけれど、脳は目覚めていて、生活のためには働いていない時間帯。
そもそも時間軸というのは、地球にとって太陽と月が織りなす循環そのものではないか?
それによって、生物にとっての安定した環境を生物みんなでタペストリーを織るがごとく作っている・・・隙間なく、決まった数のごく小さな量子が、一個から数億までの細胞の集団である「肉体」をまとって、それを互いにやりとりすることで循環させて繋いでゆくこと。

それがすなわち生きるということで、その循環において「死」は別のものの生へと転換される・・・
人類はそも、唯一循環を阻害することで自分だけ生きようとしているような気がする。それはとても癌細胞に似ている・・・
たぶん、循環することで生きている自身を忘れてしまって、、阻害することで生きようとする、という所作はまさしく癌細胞ではないか?
この考えは以前から漠然と持っていたのだが、臨死体験はそれを顕在化したと思う。人生もともと50年、その間に生物としての人は次世代を育て、様々な経験をして一生を終えるのだ。まれにそれ以後も生き続ける人がいて、そういう人は「長老」として敬われ、人々をよりよい方向へ導く。

現代は・・・
長生きした老人は疎んじられ、その智慧は封印される。
そしてこどもたちのための未来は?いままでのひとびとの負の遺産で満たされてしまったのか?
う~ん、おとなの務めはあきらめないこと。
利己とはもちろん、生きるためには他の命をいただかなくてはならない。それは利害?循環そのものが利害なのか?
利他と利己、利己のための所作は利害となり、利他のための所作は?
禅問答だね、これは。

生物がみんなでタペストリーのように環境を編むということは、それが生物みんなにとって、この宇宙で生命として生き続けるための唯一の方法だから。
宇宙には生命の存続を脅かす様々な脅威があって、その存在そのものも奇跡だけれど、それを存続させるのはとても難しいことなんだと思う。
きっと今、宇宙というか地球は病気なんだね・・・
幸福というのは物質ではなく。
では何?
幸福感とは?感性で感じる、他の生命との共感や共鳴だと思う。
それを代替しようとして、人は宗教を編み出した・・・けれどそれが利害とつながったとき、人々は目的を見失ってしまったんだな・・・

感性を磨き、足元を見るだけでよかったのに。
人類は大きな勘違いをしちゃってる。
でも、マララさんや羽生くんは、利己ではなくみんなの共感のために自らの命を投げ出す「覚悟」があるんだと思う。
これは人類にとって、ひとつの明るい未来だ。
そして、人類が生み出した「科学」の力でそれを世界中の人たちが共有出来るという事実。ここに「あきらめない」ことへの原動力がある。

仏教で言うところの曼荼羅は、きっとこのタペストリーなんだと思う。

人類、まだ捨てたもんじゃないかも。

そうそう、ふと思ったんだけど、熊に食われた写真家の星野さんも、去年の夏、ダイビング中に行方不明になったKさんも、自然に近づこうとしたばかりに現代人としては、そして残された家族には残念かもしれないけれど、ほかの生きものに分解されてその生きものに循環するという、生物としては本来の、最高の「肉体の失い方」だったと感じます。願わくはわたしもそんな失い方をしたいけれど。

現在の人間社会では、基本それは許されないので。

2014年12月25日木曜日

本の紹介 奇跡の脳

本の紹介です。



ずいぶん前に読んだのですか・・・
これは、わたしにはまさにどんぴしゃりの本でした。
やはり病を得た友人が、友人から紹介されたことがある、ということで。
ネットで探したらすでにハードカバーは絶版?で、改めて日本における本の寿命の短さを嘆きたい感じ。
幸い文庫が五刷までされていて手に入ったので、何冊か購入し、その友人にも送りました。
著者はアメリカの脳科学者、彼女が脳の先天的な奇形によって30代で脳出血を起こし、その後、8年を経て「復活」した経験を綴ったものです。2008年に、タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれているらしいのですが、わたしはその頃、脳出血には縁がなかったので…全然知りませんでした。
血圧もどちらかと言えば低いし、コレステロールも低めだったし。メタボじゃないし。

彼女によれば、人の脳は右脳と左脳というパートに分かれていて、情報の分析や行動の指令といった、現代人の行動のほとんどは左脳がしているらしい。
右脳はもっと感覚的な、生物としての本来の部分というか。つまり、現代人としての言語による組立や行動は左脳が担っているので、そこが壊れると自分と世界の区別が難しくなって、自己が失われる、というような分析と、脳の再生能力によって、それを取り戻すことが出来るということ。でも、自己を確立しすぎた現代人の脳は、いわゆる利己的で、右脳は調和や一体感、安らぎなどを持つ生物としてのものである、というような解釈でした。脳科学者としての立場やそれまでの知識による、おそらく科学的な分析でしょう。

わたしも同じような体験をしたので、とても共感できました。ちょっと違うのは、もちろん科学的な知識は持ち合わせていない、一般人の立場なので、うまくは説明できないのですが、私の場合は「脳の新しい部分」が壊れて、「古い部分」が活性化されたみたいな感じ。でした。つまり、いろいろ記憶した情報を分析したり、行動したりは出来ないけれど、映像的なものは考えられるし、2カ月くらいで文字は書けないのに絵が描けたという事実。そして、臨死体験は宇宙との一体感。入院中に「宇宙の真理」を体感出来た気がしたことは、彼女の言う右脳の機能そのものである気がします。

そしてもうひとつ、言語はもちろん、二足歩行やそのほか日常的に出来ている生活のほとんどが、じつは学習という「慣れ」で出来ているのではないかという疑問。
そして、それを検証する肉体を思いがけず得たという幸運に気付くことができました。
人間は想像することが出来るので、経験しなくてもわかることはたくさんあると思いますが、このような状態から生還して、それをまた他者に語る、ということはなかなか難しく・・・

当事者でなければ語れないいろいろ、たとえば脳が一時的に壊れているとき、本人がどう感じているかや、どう扱ってほしいかは、まさに伝えなければ相手にわからないことです。で、脳がそのような状態のときは、体の部品の故障のときと違って、伝えたくても表現出来ません。人として扱われない辛さはなかなかしんどいものです。だから、生還したものはそれを伝えなきゃ、という思いがあります。そんなところが一番共感出来ました。

2014年12月5日金曜日

最近の庭先

師走になりました。

長野の生産者さんが送ってくれた苗で作った寄せ植え・・・ご近所さんに手伝ってもらって…パンジー・ストック、レースラベンダーなど。
生協で購入の球根たちが早くも発芽してきましたよ。



球根はまさに花芽を内蔵したインスタント植物、適当な時期に土に埋めるだけで開花します。



もちろん翌年の開花のためには咲いた後の管理が大切。
きちんと日に当てて、肥料もやること。
そして、適当な土壌の分量も必要です。
小さいポットや寄せ植えに入っていた球根は大き目の鉢や地面にすぽっと放して(植え替える)やると種類にもよるけど来年も咲きますよ。

去年の暮、年末の外泊で2泊3日の帰宅をしたときに、去年の夏、倒れる直前に掘り上げておいたチューリップの球根を発見。ご近所さんに「庭の空いたところにとりあえず埋めて」もらったら・・・定説では年内に植えれば咲く・・・なんだけど。年明けに植えた割にけっこう開花してくれて、春たけなわの頃、切り花になって楽しませてくれました。