さとやま暮らし

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2014年11月18日火曜日

地球の上で

ちょっと時事ネタ

先日、フィギュアスケートの世界選手権、中国で開催のをライブで見ました。
中国とは時差が少ないので、ライブでも夜中ではなくて見られるから。

羽生くんの試合、去年は病院で、となりのベッドにいたNさんに見せてもらったっけ。なんだか楽しかったなぁ・・・
わたしのベッドにもテレビはあったのだけれど、まだ焦点は合いにくいし、病院にいる間はテレビ見なくても、ニュース見たから何か、といって特にすることも無いし、時々持ってきてもらう新聞で事足りるので。テレビは入院中くらいやめておこうと思って。
で、フィギュアスケートのときだけ、お隣さんのテレビを見せてもらったのでした。

入院中というのは、もちろんお見舞いに来てくれる友人や家族もとてもありがたいし、外の情報や差し入れのお菓子もうれしかったけど・・・
同じように入院している患者同士というのは、どこかで出会った友人よりも、有無を言わせず同じ空間で、文字通り24時間を共有する上、みんなどこかに病や不具合をかかえているので、とても親近感があったりする。たとえは悪いけれど、戦友みたいなものかもしれません。



で、Nさんは交通事故だったので、わたしより早く退院したのですが、猫好きだったり、馬を飼った経験があったり、と話が合ったので、彼女の入院中にはいろんな話をしたりしてとても楽しかった。お互いの見舞いの食べ物を分け合ったり、昔話で大笑いしたりして。
スケート見ながらそれを思い出して、Nさんどうしてるかなぁ…と。
そしたら数日後、彼女から手紙が来て、Nさんも同じ思いだったと知りました。
で、電話でまたおしゃべりしちゃった・・・
彼女も今は一人暮らしらしく。

羽生選手、中国の選手と衝突しちゃって、流血のまますべりきった・・・賛否両論様々だけれど・・・
もちろん、あんな危険な練習は、いつもよくぶつからないなぁ、と思ってたから、ルール改訂とか、万全の方法をとるべきだけれど、あれを見ていて思いました。
はじめはあ~あ、こわくて見ていられないや、お願いだから滑るの止めて、って感じてたんだけど、見てるうちに、彼の意志はほかの人には止められない、と感じるようになりました。ライブだから、短い時間のうちに。たぶん、棄権して、選手生命が伸びたとしても、本人はちっとも嬉しくないだろうし、無理して滑って何かあったとしても、本人が決めたのだから誰かを恨むこともないし、後悔もしない。そして、今見ている誰もが、無事に滑りきることを祈る、と。

臨死体験をしてから、神さま(特定の宗教でなく)の存在を感じるようになったので、このようにみんなで祈ったら、たぶん神さまが守ってくださるはず、と思って、目をそらすどころか、これは見て、祈らなくちゃ、と感じたのでした。
結果、彼は無事に試合を終えました。
もちろん、結果が無事だったから言えるのかもしれませんが・・・
でも、これは彼だからこそ、出来たのだと思います。

あの震災を経験して、そこからオリンピックで金メダルを獲得するまで・・・どこかノーベル賞を受けたマララさんとも共通する、若い世代の未来への希望みたいなものを感じました。

彼らは自分のためだけに命をかけたわけではない。
今のおとなたちも、彼らから何か学ぶべきだと思うのです。

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