さとやま暮らし

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2014年11月25日火曜日

時事ネタです

番組はもう終わっちゃったんですが、NHK名古屋の特別番組とイベントがありました。

先日、ESDユネスコ世界会議「持続可能な社会のための国際会議」というのが名古屋であったのを、ご存じの方はどのくらいいらっしゃるでしょう?

ま、ふつうの人はほとんど気づかないだろうな~

いわゆる成功ネタじゃないし、地味だし。

でも、ほとんどの人はこのまま現在の生活を続けたらヤバいな、って感じていると思う。
近ごろいろんな天災や気候変動が顕著になってきちゃったから。

そもそもわたしが「臨死体験」(くも膜下出血)をしちゃったのも、もちろん欲張って何足もわらじを履いてたせいもあるけど、いちばん大きなショックは、あの東北の震災、というよりそれに伴って起きた「原発事故」だったと、日にちが過ぎるごとに確信しています。人類はどこかで道を誤ってしまった・・・と。
でも、その反省を忘れている?と感じる昨今・・・

じつはNHK名古屋で番組の司会をされたアナウンサーは永井伸一さんと言って、2010年にCOP10、生物多様性の国際会議が日本であった時にやはり渋谷のNHKでイベントがあって、特別番組で作品を紹介してくれたのが彼でした。
(今年6月のブログにも永井さん担当の、福島で保護された雑種犬が災害救助犬にチャレンジする番組を紹介しました)
そんなこんなで、番組で意見募集をしていると知り、わたしも短文のメッセージを送ったのですが・・・

展示会より
展示会より

なんと番組の最後に、永井さんがわたしのメッセージを読んでくださいました。
それは、進化歴史の新参者というペンネームで、
「地球の未来のために利害でなく共感を、人類にも未来があると信じたい。」というものでした。

まだたくさんの後遺症があって、思うように作品作りも外出も出来ない今ですが、メッセージを送る、とかならは出かけなくても、力がなくても、ゆっくりでも、社会参加出来るかな、と思って。読んでいただいてとてもうれしかったです。

生物多様性の劣化も、気候変動も、地球上の対流や循環を人類が阻害しているからこそ起きるもの。それは、今このときだけの問題ではなく、未来永劫人類が生物をやめない限り、ずっと続くしだんだん加速する、とたぶんみんな気づいている。もし、人類に本当に知恵があるならば、対流や循環を促進して、安定した持続可能な世界を作ってゆけるかもしれない。太古の昔から植物がしてきたように。

おとなの務めはあきらめないこと、という思いを強くしました。

2014年11月22日土曜日

クリスマスセール開始!限定品の販売!

今年もクリスマスセールが始まりました。
12月25日まで全商品10%OFF!各商品をカートへ入れて頂くとセール価格になります。

今回は「しまふくろう」を5体を限定販売致します。
※しまふくろうはセール対象外です。




割引表示について
下記のように割引額が表示されます。


2014年11月21日金曜日

園芸師匠の教え

師匠の教えをひとつ。

すぐれた園芸植物とは、少しだけ手間がかかる気候に適応して丈夫な植物である、と。
たとえば「日本桜草」のように、毎年「芽分け」をして植え替えるだけで、江戸時代からずっと続く品種を維持できる。もちろん気候に合っていることも大切。
やたら丈夫で放任で増殖してしまうようなものは、園芸の世界から逃げ出して在来の生態系を脅かす「脅威」になってしまうし、手間がかかりすぎるものは普及しない。
というもの。これは現在でもわたしの園芸指南です。

本当にその通り!
わかっていたつもりだったのですが、欲には勝てず・・・手を広げて集めた植物の中には半年の不在で枯死したものもあり、これまで種子を播いたり購入したりして、手掛けた植物の中で失ったものは数知れず・・・もちろん、栽培してみないとわからない・・・というのもありますが。
先生の教えの中には枯らすことを恐れずに栽培してみる、というのもあった気がします。栽培してみなければわからないことはたくさんあります。
植物さんたち、ごめんなさい・・・合掌。
生き残ったものを大切にしようと思います。

画像NO14とNO11は、たぶん平尾氏の交配したネリネ・サルニエンシスの交配種、もう10年くらい前に、生産農家の横山園芸さんから入手したもの。
平尾氏ゆかりの会で園の見学をさせていただいたときに。横山さんはクリスマスローズも育種・生産されていて、原種シクラメンもいろいろ生産されている。
わたしも最近、原種シクラメンと少し仲良く出来るようになってきた。
やっぱり砂漠出身なので、水管理が大切。

画像1

画像2

画像3

画像1は、画像2と画像3をかけた実生で我が家で生まれたもの。
見た目は画像2にそっくりだが、花弁の波が少ない。でも、初めて咲いた初花なので、今後多少は変化する可能性もある。たぶん、5年くらいは経っていると思うが、6センチのポットに植えてぎゅうぎゅうになっている。彼らにとっては良い環境だったのだろう、かなり早い開花だと思われる。ほかの兄弟はまだ咲かないから。
そのうち、もう少し動けるようになったら、兄弟たちも小さいポットに植え替えてやろうと思う。

2014年11月20日木曜日

師匠との縁

最近、とても不思議なんですが、この平尾先生とのご縁がつながっているという実感を得ました。

クラフト作家であり、園芸の友でもあるKさんは、わたしより少し先輩ですが後遺症で不自由なわたしの園芸ライフをいろいろ助けてくださいます。
彼女の「恵泉女学院短大・園芸科」時代のお友達も一緒に手伝ってくださるのですが、先日、そのうちのおひとり(友人のさらに先輩)が、わたしがかつて平尾氏に連れて行ってもらった埼玉の園芸農家で出会った人ととても仲良しだったとわかりました。その人は高校生の娘さんがいたシングルマザーでした。

作業をしながら(わたしはほとんど作業出来ないのでもっぱらおしゃべり)、平尾氏に紹介された埼玉の女性は卒業後も平尾氏と関わりを持ち、園芸を生業とするべく結婚式も温室でされたとのこと。ご友人も出席された、ということでしたが・・・とても仲良しだったらしいのですが、現在は音信不通らしく。

年齢的にもわたしよりはかなり年上だし、接点は短大の園芸科というだけ。しかもわたしはそこを経ていないので、恵泉女学院短大と関わりのあった平尾氏の、「自称弟子」としての関わりだけなわけですが。

その当時平尾先生は教え子のそのシングルマザーのことをとても気にかけていて、娘さんとわたしはいくらか年齢が近かったので、それからしばらく文通をしていました。娘さんの名前をわたしが憶えていたことで、つながりが判明したのでした。
なんだか平尾先生のお導きで、園芸ライフの継続が可能になったような、そんな気がしました。



これはお世話になっているクラフト作家のKさんからいただいた、秋咲きのスノードロップ、今年はたくさん咲きました。でも、今年の初め、退院した時にも咲いていた記憶があります。退院したのは1月30日だから、昨年の秋咲いてたらそんなに保ちませんよね?暮れに一時帰宅した時だったかな?それにしても?

2014年11月19日水曜日

ネリネ、園芸の師匠・平尾秀一氏ゆかりの植物

このネリネというのはヒガンバナ科の球根植物で、わたしが大好きな小球根の一種。日本のヒガンバナに似ていますが、南アフリカ出身のため、耐寒性は低く、軒下でようやく越冬する程度。彩は南アフリカ出身だけあって、ピンク系や派手な色彩のものが多く、いくつかの原種とサルニエンシス系の交配種が園芸植物として栽培されています。

たぶん平尾氏の交配したネリネ・サルニエンシスの交配種、 もう10年くらい前に、生産農家の横山園芸さんから入手したもの。 平尾氏ゆかりの会で園の見学をさせていただいたときに。横山さんはクリスマス ローズも育種・生産されていて、原種シクラメンもいろいろ生産されている。わたしも最近、原種シクラメンと少し仲良く出来るようになってきた。やっぱり砂漠出身なので、水管理が大切。

上の画像は、わたしが高校生の頃からの園芸の師匠・故平尾秀一氏氏ゆかりのネリネ改良種/数年前にやはり平尾氏の弟子(?)だった、横山園芸さんから手に入れたもの・・・濃いピンクのものは後半変色して紫を帯びるのですが、これは退色したのではなくて、花の色には珍しいくすんだ紫という本来の色。変色してからもこの色を保ち、切り花にしてもとても長持ちする。

そればかりか水分を失っても色が変わらないため、「何かに使えないか?」と、生前の平尾氏ご本人から、摘んだ花柄を色別に送ってくださったことがありましたっけ。
白っぽい方は花弁に少しフリルがあって、光が当たると花弁がキラキラ光る。
花弁の細胞の粒粒がキラキラする個体は、同じヒガンバナ科のラッパ水仙の個体にもときどき出現します。

この平尾秀一氏はとても面倒見がよく、本業は水産庁のお役人で、本業の傍らあの検疫が厳しい時代に多くの球根植物や園芸植物を日本に導入されて、それを多くの生産者やわたしたちのような若手の園芸マニアに、惜しげもなく配布してくださいました。

今では、日本も園芸大国となり、プラントハンターも存在しますが、ほんの半世紀前には検疫も厳しくて、球根などは1シーズンの試験栽培を経ないと入手できないというものでした。
もちろん、植物も昆虫も、他の動物も、本来の生態系を破壊しないように生体の輸出入(実際には輸送や採集・捕獲ののストレスで検疫以前に死んでしまう個体が多いことも問題)はある程度制限が必要であって、現在のように検疫が間に合わないほどのグローバル化は本来の生態系、地球の循環を損ないかねない、ゆゆしきことなんですが・・・ウィルスや伝染病もしかり。

原種で、ネリネ・ボーデニー。種苗会社から白花のを購入したのだが、こんな色に。しかも花弁が細くてクモのよう。こいつは寒さには比較的強いみたいで、ほぼ路地でも越冬する。そしてほかのネリネたちのようにしっかり休眠し ない。

で、その頃、平尾氏は海外の園芸サークルによる種子の配布や、同好の志との趣味家ソサィエティーに参加していて、水産庁の仕事の傍ら、園芸書の執筆などもたくさんしていました。ガーデンライフという月刊誌や、その出版社が手掛けるハウツーものの単行本など。高校生の頃、わたしは園芸オタクで、ガーデンライフは高いので毎月は買えなかったのですが、あるとき100号だか200号だかの記念で、執筆者の先生方による、球根や宿根草の種子配布というのがあったのです。それで、当時球根を種子から育てるなど(今でも大半の人はそうだと思いますが)、考えも及ばず・・・で、わたしは平尾秀一氏による、ラッパ水仙の種子を応募し、送ってもらいました。

たしか種子と一緒に手書きの育て方指南と、ご丁寧に質問などの問い合わせ先としてご自宅の連絡先も併記されていました。
それで、身近に師匠がいなかったわたしは、勝手に弟子入りしたのでした。(ご本人が弟子と認識されていたかは不明ですが、たしか一周忌に集まった弟子たちが「園芸ニュースレター」というのを立ち上げてしばらく続きました・・・それも時間経過で形としては分解してしまいましたが、たぶん弟子たちそれぞれ中に何かが残っていると、わたしは感じています)

それでも、お忙しい身だったはずなのに、何度かご自宅に伺ったり、園芸農家に連れて行ってもらったり、雑誌の打ち合わせに同席させていただいたり(焼肉も!)、丸ビルでビールをごちそうになったり・・・自宅にも何度か寄ってもらって、伊豆方面で水産関係の会議があるときは(当時わたしは東京の生花販売会社に勤めていたので自宅には両親しかいませんでしたが、気軽に立ち寄ってお昼を召し上がったりして楽しいお付き合いでした)帰りに寄ってくださったり。

伊東の「さくらの里」公園のヘメロカリスは平尾氏の寄贈によると聞いたのであちこちにそういう付き合いがあったのだと思います。
そのようにして、平尾氏ゆかりの植物は少しずつ我が家にもたらされていました。
そして氏が定年を迎えられて、これから園芸三昧というときに、当時会長をしていた「花菖蒲の会」の会議で京都にいらして、そこで心臓発作を起こし、そのまま鬼籍に入ってしまわれました。

ネリネ・プディカ、今年はずっと日陰で夏にきっちり干さなかったせいか花が貧弱で少ししか咲かなかった。これも横山園芸さんで購入したもの。

それから、もう20年以上経ちます。
生花販売の会社に勤めているときに、早く足を洗って「ナーサリー」(欧米で言うところの販売まで手掛ける園芸農家、もちろん育種もする)をやりなさい、とさんざん勧められたのですが・・・結局その道には進まず・・・
でも、本業ではありませんが、2足目のわらじとして今も履いています(笑い)。

今から30年以上前に平尾氏からいただいたネリネ・ウンデュラー タ(もしくはシノニム、つまり別名クリスパ、学名です) 積極的に増やさないせいもあるけど、そして、いくつかは分けて差し上げたけれ ど、分割しても鉢いっぱいにならないと咲かないのであまり植え替えもせず、肥 料もほとんどやらないまま、葉が枯れたらそのまま軒下の雨も日も当たらないと ころに置き、発芽してきたら日に当てて水をやる、というのを繰り返してきただ けで毎年この時期にはこのように咲く。差し上げた先では毎年咲かないと言われ ることもあるのだが・・・たぶん雨期、乾季のけじめが大切なんだね。必要なのは水の管理だけで、土はほとんどいらないのかも。肥料も。

2014年11月18日火曜日

地球の上で

ちょっと時事ネタ

先日、フィギュアスケートの世界選手権、中国で開催のをライブで見ました。
中国とは時差が少ないので、ライブでも夜中ではなくて見られるから。

羽生くんの試合、去年は病院で、となりのベッドにいたNさんに見せてもらったっけ。なんだか楽しかったなぁ・・・
わたしのベッドにもテレビはあったのだけれど、まだ焦点は合いにくいし、病院にいる間はテレビ見なくても、ニュース見たから何か、といって特にすることも無いし、時々持ってきてもらう新聞で事足りるので。テレビは入院中くらいやめておこうと思って。
で、フィギュアスケートのときだけ、お隣さんのテレビを見せてもらったのでした。

入院中というのは、もちろんお見舞いに来てくれる友人や家族もとてもありがたいし、外の情報や差し入れのお菓子もうれしかったけど・・・
同じように入院している患者同士というのは、どこかで出会った友人よりも、有無を言わせず同じ空間で、文字通り24時間を共有する上、みんなどこかに病や不具合をかかえているので、とても親近感があったりする。たとえは悪いけれど、戦友みたいなものかもしれません。



で、Nさんは交通事故だったので、わたしより早く退院したのですが、猫好きだったり、馬を飼った経験があったり、と話が合ったので、彼女の入院中にはいろんな話をしたりしてとても楽しかった。お互いの見舞いの食べ物を分け合ったり、昔話で大笑いしたりして。
スケート見ながらそれを思い出して、Nさんどうしてるかなぁ…と。
そしたら数日後、彼女から手紙が来て、Nさんも同じ思いだったと知りました。
で、電話でまたおしゃべりしちゃった・・・
彼女も今は一人暮らしらしく。

羽生選手、中国の選手と衝突しちゃって、流血のまますべりきった・・・賛否両論様々だけれど・・・
もちろん、あんな危険な練習は、いつもよくぶつからないなぁ、と思ってたから、ルール改訂とか、万全の方法をとるべきだけれど、あれを見ていて思いました。
はじめはあ~あ、こわくて見ていられないや、お願いだから滑るの止めて、って感じてたんだけど、見てるうちに、彼の意志はほかの人には止められない、と感じるようになりました。ライブだから、短い時間のうちに。たぶん、棄権して、選手生命が伸びたとしても、本人はちっとも嬉しくないだろうし、無理して滑って何かあったとしても、本人が決めたのだから誰かを恨むこともないし、後悔もしない。そして、今見ている誰もが、無事に滑りきることを祈る、と。

臨死体験をしてから、神さま(特定の宗教でなく)の存在を感じるようになったので、このようにみんなで祈ったら、たぶん神さまが守ってくださるはず、と思って、目をそらすどころか、これは見て、祈らなくちゃ、と感じたのでした。
結果、彼は無事に試合を終えました。
もちろん、結果が無事だったから言えるのかもしれませんが・・・
でも、これは彼だからこそ、出来たのだと思います。

あの震災を経験して、そこからオリンピックで金メダルを獲得するまで・・・どこかノーベル賞を受けたマララさんとも共通する、若い世代の未来への希望みたいなものを感じました。

彼らは自分のためだけに命をかけたわけではない。
今のおとなたちも、彼らから何か学ぶべきだと思うのです。