さとやま暮らし

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2014年7月26日土曜日

プチ社会復帰・その1

もう今年の花が終わってしまった「シロバナネムノキ」の葉についた 雨滴 涼!!

4月、5月の出来事ですが、そのとき原稿を書く余裕がなくて・・・今頃になってしまいました。

まだ入院していた1月のことです。女子美術大学講師の仕事、前期をどうするか、決める必要がありました。
4月中盤から5月連休明けの間の3週間、各3日、去年・一昨年と2年、9日間の、その授業はわたしが一人で担当していたのでした。新しい学科編成になってから去年が4年目で、わたしの担当授業は3年生からなので、今年は3回目となります。

やまね工房の仕事は日本の零細製造業である故、その外的要因から、いつまで続けられるかわからないし、今あること自体が奇跡的とも言える状況です。
講師の仕事は、これから、後継者のいないこの世界をある意味次世代につなぐ大切な仕事と感じていたので、なんとかして続けたいと思っていました。おかげさまで首にならなかったし。
で、病院のソーシャルワーカーさんやいろんな方に相談して、自分なりに考え、9日を6日に短縮して、初期のやまね工房を手伝って貰っていた上、今も個人事業主としてぬいぐるみを扱ってくれている友人に助っ人を頼むことにしました。

どうやら新幹線を利用すれば、改札から下車駅の改札まで、車イスの送迎をやってもらえるらしいと聞き、最終的には自分で熱海駅に電話をかけて確認しました。
乗り継ぎはたぶん無理なので、品川駅で下車してそこから学校まではタクシーを使うことにしました。そして、理学療法士さんの強い勧めもあって、とりあえずテストでその行程を試してみることに。

実際、行ってみたら・・・最初のときは品川まで友人に迎えに来てもらい、タクシーで現地に行き、研究室で昼食を食べさせてもらって、帰りは品川の改札まで助っ人に送ってもらい、帰ってきただけなのですが・・・
恐ろしく疲れて、あと3日くらいはへろへろでした。
そこで、わたしは予定と思っていたことが、じつは目標だったと知りました。つまり、現段階では予定を組むことはわたしには不可能だとわかったのでした。
そして、それから初日の4月半ばまで激しく落ち込みました。
普通に息をして、ごはん食べて排泄して・・・一日生きてるだけでこんなに大変なんだって初めて思いました・・・加えて再発の恐怖。

予定→相手があってのお約束→出来ないかもしれない→どうしよう?
必死で考えて、まず再発の恐怖を、家で寝ていても再発するときは再発するし、誰にでも事故は起こりうるんだから、とりあえずやってみよう、と考えることにしました。再発しちゃったとして、そしたら自分ではどうしようもないし、起きていないことを先取りして心配しても、何の役にも立たないばかりか、限られた生きている時間にそんなことしてたらもったいないと。

それからどうするべきか助っ人に相談しました。心配の元は授業の中身を全部自分がこなせないかもしれないことで、そのために助っ人を頼んだので、彼女にわかるような中身のシナリオを作っておくことで、もしわたしが行けなくても代行してくれる、というところに落ち着き、それを作ることにしました。

紙に順を追って書き出して、日にちごとに学生にやってもらいたいことや助っ人にやってもらいたいことを相手にわかるように文字にする。これが今のわたしには意外と難しくて、一週間くらい何度も書き直してようやく出来ました。そしてこれをfaxで送ろうとして・・・faxも大きい複合機をやめて簡易的なものに変えたばかりだったのですが、この体では物理的に使いこなせなくて・・・さんざん考えてからスキャンしてEメールで送る、という方法を思いつき、なんとか送れました。

そして、材料の手配・・・針や糸は市内の手芸店で購入し、持参。目玉などの素材も持参することにして、生地や綿は製造スタッフの遠藤さんに一人分ずつパックして直送してもらうことに。
それから学校側にも、対策は全部したけれど予定通りには行けないかもしれないと正直に話しました。そうしたら、体が一番大切だから無理はしないでと言ってもらえました。
これでようやく、何とか出来そうな感じになってきたのでした。

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