さとやま暮らし

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2014年5月29日木曜日

本当においしかったです!



お見舞いにいただいたマンゴーです。
国産の果物は本当に一つ一つ手作業で作られたと分かる出来上がり。
肥料はもちろん、お日様のあたり方や収穫期まできちんと目や手で確認しているんだろうな~というのが目に浮かびます。
うちの商品と同じように手作りと言えると思います。
お値段はたぶん、自分のためにはちょっと贅沢だけど・・・本当においしかったです。

2014年5月26日月曜日

お休みのお知らせ

網走店からのお知らせです。
いつもホームページをご覧いただきありがとうございます。

下記の通りお店、ホームページのショッピングをお休み致します。

  • お店 6月3日〜11日まで
  • ホームページ 6月3日〜10日まで(注文することが出来ません。お問合せに関しても休み期間中にいただいたものは11日に返信となります)
    この間の配達をご希望の方は早めにご注文願います。
ご迷惑をお掛けしますがどうぞよろしくお願い致します。

2014年5月23日金曜日

ヌマエビとヤモリ

今日、午前中にホトトギスを聞きました。
今年は来ないな~と思っていたら、1週間くらい前の夜、ひと声聞こえた気がして・・・
彼らは夏の間に繁殖して冬は南へ渡るので、夜の間も鳴きながら飛びまわります。
托卵と言って違う種類の巣に卵を産む、特異な習性を獲得したホトトギスの仲間。ジュウイチという種類もいて、「ジュイチー」と鳴くのですが、長野県で一晩中、大音響で叫ぶジュウイチのせいで眠れないことがありましたっけ。

今年はエルニーニョの年だそうで、カツオの回遊が遅れているそうです。
季節の流れは太陽や月の動きもありますが、海の対流や風の動きなど、様々な要因が組み合わされて起こること。網走に滞在していたとき、ご近所おばちゃんの言葉にえらく感動した覚えがあるのですが、「カッコーが鳴いたら豆を播く」という農業歳時記みたいなものが、北海道にはあるといいます。
つまり、先の予定を何月何日ごろ、とするのではなくて、自然の指標に合わせて農作業をする、というもの。北の地では年によって大きな変動がある上、いわゆる夏の出来高によってその冬の暮らしまで左右されるというリスクに対する、生活の知恵ですね。
それはすなわち、それだけ厳しい世界を感じてきたから生まれたとも言えます。
気候穏やかな地方で、予定することに慣れて生活していると、それが前提になってしまう。本来、季節の移ろいは年によっていろいろなのかもしれません。植物も動物も、それに合わせて生活しています。だから、たとえば花の開花を予測して、「なんとか祭り」で集客する、みたいなことは出来ないのかも。

ところで、縁側に置いてあった水槽、軒下のこともあって、夏から冬までの不在ですっかり干上がってしまいました。毎年、蚊の発生を抑えるために水たまりに入れるメダカの、越冬場所だったのですが、今年は絶望的。
で、いままで放っておいたのですが、さすがに水草も枯れそうなので、2リットルペットボトルに水を入れて、何回か補充しました。
そうしたら、水中に何か動くものが・・・
ヌマエビが生きていた!      確か3年ほど前にホームセンターで購入したもの。
確かに湧水や水量が減る冬季などに川沿いに残るワンドと呼ばれる水たまりで越冬する彼らにとっては、軒下の水槽も同じようなものかもしれませんが、水中で動く長いヒゲを見たときには正直驚きました。

水槽の中で生きていたヤマトヌマエビ

その日、それを観察していて、アルミサッシの敷居に手をやったら、何かに噛まれた!
左手のひとさし指の先を洗濯バサミに挟まれた感覚・・・それはヤモリだった。
一瞬、何かわからなくて、温かくも冷たくもないぐにゃっとした皮膚に触れたときはぎょっとしてきゃーっとさけんじゃったけど。そのときすぐに撮影すれば撮れたと思うのですが。なにしろヤモリは水平面を歩くのが不得手で、敷居の外にお引き取りいただくのに少し手間がかかりました。声を訊きつけてやってきた母に箒でたたかれる前にお引き取りいただいてよかった。

ヤモリがはまっていたアルミサッシの敷居

やもりに噛まれたのは初めての体験です。この日の夕方、フクロウの声も聞こえた気がして、ラインのグループトークに載せたら、友人に言われました。
エビが見えたのも、フクロウが聞こえるのも、わたしだから、って。ほかの人には見えないし聞こえないって。目からうろこ、でした。
そうか、興味のない人には見えなかったり、聞こえなかったりするんだね。もちろん、見えたり聞こえたりすることは偉いとかそういうことじゃないし、だから何?ってことかもしれないけど、きっと昔の人は今の人に比べて見えたり聞こえたりしたと思う。だって、それがないと生活するのに困るから。今はそれが生活と全然違う世界に行ってしまった・・・それがわかって、なんだかうれしいような、さびしいような。取り残されたような・・・

助産師をしているその友人は、現代人は五感を研ぎ澄ます必要がある、と言っていました。積極的に研ぎ澄ますことをしないと、なくても生きられるからね。
わたしはこの入院でいろいろ気が付いたけど、当たり前と思ってたことがじつはそうじゃないってことがたくさんありました。

下の画像は、満開のエゴノキです。
エゴとはえぐいこと、かつて実をすりつぶして川に流すことによる漁業、すなわち魚毒に使われた有毒成分を含むという意味らしい。それはいわゆる果肉で、中の種子は野鳥のヤマガラが大好物。
ときどき様子を見にやってきて、害虫を食べたり、熟し具合を調べたりし、秋にはみんなで収穫して、食べきれない分は石垣や木の割れ目、植木鉢の中などに隠して貯蔵します。忘れられたものが翌春発芽することもあります。
開花するとたくさんのハナバチもやってきます。


2014年5月18日日曜日

庭の花たち

ディモルフォセカの一種、たぶん多年タイプと一年草との交配種

ディモルフォセカ・多年草タイプ・花弁がスプーンのようにくびれる形

ディモルフォセカ・一年草交配種

奥ディモルフォセカ、手前マーガレット

ディモルフォセカ・宿根タイプ基本色

2014年5月17日土曜日

友人からの写真 続き

前回の続きです。

シラー・カンパニュラータ、スキラと発音する場合もあり、ヒアキントイデスという名も持っています。また、英名で言うとスパニッシュブルーベルの桃色変種、つまりピンクタイプとなるのかな。なにしろ学名は時間経過とともに属名が変更になったり遺伝子の解明や化学の進歩で系統分別が変わったり・・・
和名を積極的に付けなかったりで、ややこしいことになっているわけです。
要はユリ科、ヒアシンスの仲間であることは姿から想像できますね。ヨーロッパから北アフリカの原産みたいです。


遠景、後ろに見えるのは日本ミツバチの巣箱です。残念ながら空き家。時々見かけるので、果樹のためにも定着してもらおうと、網走の養蜂家(冬の間は伊豆のいちご農家に避寒遠征するみたいで)にご紹介いただいて、一昨年購入したのですが・・・日本ミツバチは野生なのでなかなか気難しい上に待っているだけなので、宝くじに当たるよりたぶん難しいかも。

この群生は植えたわけではなく、たぶん種がこぼれたのでしょう、いつの間にか出現しました。この種はたくさんの実を結び、こぼれ種であちこち広がっています。うちではピンクが多いのですが、薄紫や白も混じっています。



ユリ科、トリリウム属、延齢草(エンレイソウ)の仲間で、たぶんこれは北米原産のトリリウム・グランディフローラム。学名を直訳すると花が大きいエンレイソウという意味です。北海道にはオオバナエンレイソウという白い花の自生があって、春の終わりというか夏の始まりに工房の周りにもたくさん咲きます。余談ですが、道東地方にはエンレイソウの自生が何種類かあって、それぞれの自然交雑種もあるようなので、いつか訪ねてみたいと思っています。



これは同じく外国産のエンレイソウでトリリウム・エレクタム。エンレイソウの仲間は成長が遅くてなかなか増えませんが、毎年きっちり花を咲かせてくれます。そして、足元には特徴的な、小さい3枚の葉が・・・種がこぼれたのかな?    エンレイソウは葉を3枚しか持っていません。そして、成長するとその中央に1個の花を咲かせます…


アップの写真。花なのに表情があるみたい。↑は特に、緑と光の陰影が絶妙です。同じ花でも撮り方によってずいぶん違って見えるものですね。新鮮な空気や、温かい光もちゃんと写っています。



これは撮影中、周りで騒いでいた「ソウシチョウ・・・想思鳥?」帰化鳥です。いわゆる篭脱けで、輸入されたものが逃げたか放鳥されたかしたもの。
侵入者で外来鳥です。インドから中国南部の鳥(だと思う、違っていたらごめんなさい)で、さえずりがきれいなのでずいぶん前から輸入されていたのですが、箱根方面を通って数年前からガビチョウとともに庭に住んでいます。数年前の冬、庭と裏山の境目で地鳴きをする群れを発見して仰天しました。だって、双眼鏡で見たら胸が真っ黄色でくちばしが赤かったから。日本にこんな鳥いたっけか?
最近はすっかり入り込んで、我が家の庭はガビチョウとともに毎日南アジアの夜明けとなっています。そのせいか最近のウグイスは鳴き声がおかしいし、生活環境が近い、ウグイスやメジロが追い出されないか心配です。窓の外ではウグイスが谷渡り・・・警戒音・・・縄張り侵入に対しての威嚇や危険を知らせるための音・・・今年は例年に増して多く聞こえるような気がします。ウグイスの抵抗か、もしかしたら反撃してるのかも。がんばれ!ウグイス。



スイカズラ科 ガマズミ属?  オオデマリ
やや日陰のこの空間に、ずいぶん前に植えた記憶が久しぶりにここを通って、よみがえりました。木洩れ日が当たって、純白の花びらの重なりは息をのむほど美しかった・・・というのが写っている、と感じたのはわたしだけでしょうか?
この花には木洩れ日が似合います。



キク科 ディモルフォセカ、アフリカキンセンカという和名もあるのですが、一年草タイプと宿根草タイプがあり、近ごろは両者の交配種も出来ています。ディモルフォセカは長いこと和名で呼ばれず、花屋さんはデモセンカと呼んでいた記憶があります。宿根草のディモルフォセカは濃いピンクなので、長いこと仏様の花だったキンセンカのイメージはないですものね。
南アフリカ出身のこの花は、大好きなリビングストンデイジーとともにお日様が当たると開いて光に輝き、陰ると閉じます。雨季と乾季がはっきりした地方の、晴れた、つかの間に実を結ばなければならない彼らが獲得した生活の知恵でしょう。


2014年5月14日水曜日

スマホ撮り

昨日アップした友人の素晴らしい写真に比べると???ですが、今日は私がスマホ撮りしたものをアップします。

宮崎の日向夏

チューリップ

チューリップ

チューリップ

自作の陶器「犬たち」

2014年5月13日火曜日

友人からの写真

また、友人から写真をいただきました。

エビネ
根っこが海老のようだ、というので海老根の名がついた、日本の野山に自生する蘭の仲間。最近は育毛剤に使われたりもしているようです。
残念なことに、適当に(いいかげんに、ではなく適切に)手入れされた里山に生存していた、たくさんの生きものや植物と同じように、各地でその数を減らしています。どちらかと言えば南方系で、本州で基本種のジエビネのほか、四国や九州にはキエビネやキリシマエビネ、それぞれの雑種もあってバリエーションが豊富です。また、伊豆諸島にはニオイエビネやジエビネとニオイエビネ交雑種であるコオズエビネなど、爽やかなすばらしい香りの品種もあって、最近は人工交配も盛んなので、園芸種・栽培植物としてはポピュラーになってきました。
同時に希少価値で高額取引されたりしています。





タイツリソウ
和名の鯛釣草とは釣り竿にぶら下がった鯛をイメージしたのでしょう、いかにも日本的な名前がついています。
英名はブリーディングハート、確かにピンク色のハートが繁殖?したかのように連なっています。かなり以前から栽培されている中国原産のケシ科植物で、ケマンソウともいいます。白い花の変種もあります。
とてもかわいくて大好きですが、栽培はちょっと気難しいところがあって、気に入らないところに植えるといつのまにか消えてしまったり・・・
有名な高山植物のコマクサも同じ仲間です。
ケシ科というのも意外な感じですが、大好きなブルーのエゾエンゴサク(蝦夷延胡索)も同じコリダリス(学名)の仲間です。



マーガレット
昔は白い花のものばかりでしたが、近ごろは赤やピンク、八重咲のものや、別のキク科植物との交配種なども出てきて、バリエーションや耐寒性が増しました。いっせいに咲くので見応えがあるし、丈夫で栽培しやすいです。うちのも、みんなが水やりしてくれたのもありますが、去年の暑さや路地の寒さに耐えて、今年も咲いてくれました。



ミカン狩り1
亡父が植えた柑橘類、セミノールオレンジです。
晩柑で、早く収穫すると色はきれいなんですが、酸っぱい!
最近ではゴールデンウィーク頃に収穫するようにしていて、そうすれば手で皮がむけて甘くなります。
皮が薄いので早く採ると酸っぱい上にうまくむけないのです。香りはいいので早いうちは酢の代わりに使ったりします。遅い収穫なので、実を採りながら枝を切っているせいか、毎年良く成ります。
見た目は冬みかんの頃から美味そうなので、来客が採りたそうなのが気の毒です。



ミカン狩り2
ニューサマーオレンジ、日向夏や小夏と言われているものとたぶん同じ品種ですが、うちのは古いタイプなので種だらけ。
退院したばかりの頃、本場宮崎から送ってもらった日向夏は美しくて種が一つも無く、甘くて高級フルーツでした。
うちのは同じ木に接ぎ木された三宝柑と一緒にかつて熱海に別荘があった、元日本の貴族さん宅から頂いた枝なので、当時はきっと高級フルーツだったのでしょう。ちなみに三宝柑は見た目はデコポンそっくりの形で、皮がめっぽう厚く、色は黄緑で、夏ミカンより少し甘いかな、というような代物。皮もママレードなんかに使えそうだけど・・・
父が接ぎ木をして、一本の柚子だったか金柑だったかに、セミノールとニューサマー、三宝柑にレモンという多種柑橘が成ります。本体の実は成りませんが・・・



都忘れ
平安の昔?田舎に落ちぶれた都人が、都を忘れるほど美しい花?女人?とのたとえで付いた名前らしい・・・いっせいに咲く足元の花たちは大輪でも色鮮やかでもないのに、スポットライトを浴びたように輝く。そんな感じが良く出ている一枚です。
近年は色もいろいろ、濃いピンクや紫からブルーがかったものや淡いピンク、白まで、草丈もやや低いものから比較的大きなものまでいろいろあります。低めのものがいっせいに咲く姿はよく鉢物になっていたりします。



緑のチューリップ
バリエーションと言えばチューリップほど色も形もいっぱいある園芸植物はあまりないでしょう。
もともとは砂漠のような乾燥地に生えるユリ科の球根植物で、原種も小形ですが砂漠の宝石と言える感じの魅力的なものが多いです。花弁に艶があって日が当たるときらきらするし。いつどこで聞いたか忘れちゃったけど、お日様が当たると花弁の内側が成長し、夜間には外側が成長するんだそうです。だから、開花してから花は日を追ってだんだん大きくなります。
中には良い香りを放つ品種もあれば、花弁のふちが細かく切れ込む品種もあり、中心にブルーの色を持つものや、暴れた花弁がオウムの羽のようだとパーロット咲と呼ばれる品種もあります。これはグリーンが混じるパーロット咲の品種。葉っぱにも白い縁取りがあります。


2014年5月12日月曜日

本の紹介2

昨日に続き本の紹介です。

中川遊野さんの「どうぶつのあくび」です。



遊野さんはいきものつながりの仲間、中川雄三さんの息子さんです。
まだお若いのですが、幼いころからいきものや写真に親しんでいるせいか、まなざしには年季?が入っています。

たくさんの種類の「あくび」、これだけ撮りためるのにはさぞ時間がかかったでしょうし、そこに着眼するあたり、これからが楽しみです。
予定では去年の秋、雄三さんとともに「いきものつながりアート展」でご一緒するはずだったのですが・・・

わたしの病気で無期延期になってしまい・・・いつかよりグレードアップした作品で、ご一緒出来る日を楽しみに、養生しようと思います。

2014年5月11日日曜日

本の紹介1

この入院で、ありがたいことにお見舞いに本をいただいたり、新聞の広告で見たりして、すばらしい図書との出会いもいくつもありました。

目も筋肉なので、焦点が合いづらかったりすぐ疲れちゃったりで、スピードはありませんが、その分深く読めるかも・・・と勝手に納得して、書籍とお友達になっています。
その中のいくつかをご紹介したいと思います。

横塚真己人さんの「さがりばな」



写真家の横塚真己人さんとは、確かある会合でお目にかかって以来、年賀状のやりとりをしています。
自然をモチーフに、沖縄の西表でヤマネコを撮った写真は有名ですが、その背景であるマングローブの森に咲く、さがりばなの花は、一夜の開花で実を結び、それを海に落として世代交代をします。

わたしも、かつて西表に行ったとき、夜間ではなかったし、ピークではなかったので、ドラマチックな光景は見られませんでしたが、少しだけ垣間見ることは出来ました。
熱帯雨林の、濃厚な種の多様性の中で、水際の特殊な環境にみごとに適応して世代交代するさまはまさにドラマチックで、それを誇るように美しい。
しかし、それを現地に行かないで感じることが出来るのは、このような瞬間をひたすら待ち全身で地球時間と向き合える忍耐と根性、そして美しさをとらえる感性をもって本の形にしうる作家がいるからです。

才能も、もちろんあると思いますが、過酷な自然の中でその瞬間をとらえることはまさに奇跡だとわたしは思います。

さがりばなの香りは記憶していないのですが表紙の写真から香りが漂ってくるような錯覚を覚えました。

2014年5月2日金曜日

可愛いはがき

8歳の女の子あいちゃんからはがきをいただきました。
やまね、かやねずみ、やちねずみなどたくさんのお友達と遊んでくれているようで、とてもかわいく絵を書いてくれました。


2014年5月1日木曜日

日常と非日常

世間はゴールデンウィークです。
またしばらく、ご無沙汰しました。
書きたいことはいっぱいあるのですがランダムになっちゃっててまとまらない・・・ま、日記なんてそんなものかもしれないし、端から書けばいいのにね。

じつは無謀にも社会復帰を目指して、女子美大の講師を4月から始めたのだけれど。
それが本当に無謀だと気が付くまでにこんなに時間がかかるとは、正直入院中は思わなかったのです。
なぜって、日常というものを理解していなかったから。
今になって初めてわかりました。

入院中、とても励まされた出会いがあって、その方が今は非日常だからと言ってくださいました。その時、それはわかっているつもりでした。
でも、血管が切れて初期化されちゃって気が付いたときはベッドの中で、それからこちら、その状態が日常だったということはわかっていませんでした。
その前の日常は何でもできた日常でした。だから、以前の生活の中で出来ない自分の日常は想像すらできなかったのです。

つまり「非日常」が「日常」で、「日常」そのものが理解出来ていなかった。
部品が壊れたのだったら、だめそう、とかいけそうとか、予測できるのですが、予測するところそのものが壊れちゃったので、そもそも予定が立てられないとようやく気付いたのでした。まだ早いと言ってくれた担当の理学療法士さんの言葉も、本当の意味では理解出来ていなかったのだと思います。

予定と思っていたことは、「目標」でした。
予定や約束が出来ない。これはとてもショックでした。
相手があることなので、迷惑をかけちゃうし、それが出来なかったらどうすればいいのかわからない・・・
ひどく落ち込んで、助っ人を頼んだ友人に相談しました。
そして、会話の中で出来る準備をしておくこと、が必要だと諭されて気づいたのです。それは、たとえこの状態になっていなくても必要なことで、出来ることだと。伝えたいことを正確に、相手にわかる文字にすることは、この体にはとても難しく、正直かなり疲れました。でもそのおかげで頭のリハビリにはとてもなったし、6日の予定を2日お休みして(まだ1日残っています。)3日だけ、何とか東京・杉並まで、新幹線とタクシーを乗り継いで行って来ることが出来ました。

もちろん、行政やお金や、JRや、学校関係者、そして何より友人やスタッフのお世話になって、ですが。

画像は、暮れの外泊で帰宅したときに発見した、干からびた球根から咲いたチューリップ(ご近所さんに飢えてもらった)と、お気に入りのピンク色のカップをしたしずく水仙、と今年も咲いたエンレイソウの仲間です。