さとやま暮らし

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2014年3月4日火曜日

ある日のメール

こころを病んでいる友人にあてたメールです。
退院してからいただいたメールの返信として書きました。
その方とは病を得るずっと前に知り合いました。
ときどきメールのやりとりをしています。

ここから-----------

人生とは、修行である。
この言葉をかみしめる毎日です。


認知老人と身体障がい者では生活は成り立たない・・・のでした。
でも、成り立たない、と認識できてからは開き直って行政とお金に頼ることに決め、それからは思い悩むことはなくなりました。
記憶や経験則が使えなくなってしまい、ものや流れを再入力する必要を感じたからです。

それをやりつつ、女子美の講師は4月から6日だけやることにしました。
まだ早い、というか完璧にはできないと思いますが、友人に助っ人をお願いして。意欲があるうちに始めないと、外に出られなくなりそうで・・・じつはまだ、杖2本使っていますが垂直がわからず、ときどきよろけるし体重移動もしっかりできません。

リハビリは5か月しましたが、胃ろうで3か月寝たきりだったし、最期になってようやく筋肉が少し付いてきた感じです。
声帯も片方が動いていないので、声もでにくいし、緊張すると少し吃音になります。なにより同時に二つのことが出来ないので、緊張すると呼吸を忘れます。でも、外に出ることは何より楽しいし、他人と接することは必要不可欠だとわたしは思います。

認知の母とふたりだけでは、精神の健康は保てません。
だから、危険を排除するためにお金を使うことにしました。残す必要もありませんし、幸い食うに困るということはありません。
動き、に対して蓄えはできませんでしたが、幸運なことに人にはとても恵まれていますし、その日のご飯に困ることがないのもとてもありがたいと思います。

健康を害して禄を得られないとき、それを補うだけの蓄えがあって、わたしが居なくても給料が出せる仕事をしていたのがなによりありがたいと思いました。

本当にわたしはラッキーです。
お医者さんにも言われました。
こんなに良くなるとは誰も思わなかったって。
幸運を自覚しなさいと。

シチュエーション的には思い切り不幸な去年の誕生日は、病院のベッドの上で。
でも、生き返ったわたしは今まででいちばん幸せと思える誕生日でした。
だから、シチュエーションではないのです。
たまたま与えられたポジションを「楽しむ」か「苦しむ」か。
たとえばそこに苦しみがあったとしても、同時に何か楽しみを見つけられるか?
それが苦しみだけだったら、とても耐えられないと思います。

でも、人がいっぱいいるところに出ていくと、不思議なことにいじめる人もいる
けれど、たいていは助けてくれる人もいるのです。
こもっていると、そのどちらとも出会うことはないのです。

ここまで-----------

その方は就職に悩んでいらしたのですが、わたしはこれに続けてやってみれば?
と書きました。

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