さとやま暮らし

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2012年1月2日月曜日

年頭に想う・・・



昨年はいろいろなことがありました。

年末になって、テレビ番組などで震災や原発事故を振り返ったり事故を検証する形の言わば真相?暴露的な報道が相次いだのが印象的でした。

振り返ってみれば、当初から起きた事象についてはかなり詳しく報道されており、報道された事象や周辺知識の収集で、今明らかになってきたことのほとんどはじつは誰でもが当初から知り得た内容だったのではないかと思います。

ではなぜ、このままいくと一年に近い間も、物事はさっぱり進展しないように見えるのでしょうか。

それはもしかしたら、事象の羅列は出来ても、それを事故の実体と結びつけて言葉で表現する責任を誰も負わないからではないか、と年末の報道や討論番組を見ていて思いました。
そこには、利害をはらんだ様々な思惑もあるでしょうし、人類が簡単に断定できるようなものではなかった、ということもあるのでしょう。

誰もがどうしていいかわからないほどの、人類ばかりでなく地球上のあらゆる生命の未来に対しての罪、そして、何の罪もない人々の日常をある日突然奪う罪。
それは、誰かを罪人にして収まるようなものではないのかもしれません。
けれど、失った日常を新たに築いていくためには、誰かがその責任を負わなくてはならないのです。
残念ながら今の日本の国には、その部分が欠けているような気がします。そしてそれはその国に暮らすわたしたちや、今の生活を享受するすべてのひとたちにもつながっていると思います。

せいいっぱいアンテナを広げて情報を集めること、自分の頭で考えること、そして意見を発言すること。
それは自分の身を自身で守ることです。
わたし自身、十分それが出来ているとは思いませんが、今回の震災以前からそれはわたしの目標でした。思えば、生物として生きていくのに一番大事なことは、自分の命を自分で守ることです。大人は、こどもたちにそれを教えることが使命だと思います。

震災後の2011年、いろいろな信じられない報道や、受け止めきれない現実を目にして悲観することもありました。けれど、その中に利害に関係なく、良心がたくさん存在するというのも感じたことです。

日本ばかりでなく、地球規模の気候変動や地殻変動、また経済の危機・・・とても楽観はできないかもしれませんが、日々日常ほかの人たちとのつながりで見つけた小さな喜びや楽しみが、こんなに多かった一年もありませんでした。
これから先、どれだけ生きられるかわかりませんが、命のある限り自分の頭で考え続けていきたいと思います。


小さな喜びや楽しみを見つけつつ、これからの一年をつつがなく過ごせますように。

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