さとやま暮らし

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2009年6月30日火曜日

夏羽の水鳥たち

今回の作品は冬羽の水鳥たちに続き、夏羽の水鳥たちです。


カンムリカイツブリ頭

スズガモたちは北へ帰ってしまったので、居残りやほとんどが渡ってしまうものの夏羽が見られるカイツブリの仲間、そして近年近郊で繁殖も見られるセイタカシギの親子。今年の葛西臨海公園では残念ながら繁殖はなかったようですが・・・毎年渡ってきたり庭や裏山で繁殖する鳥たちを見ていると、本当に年によって違うということがわかります。

ツグミの仲間などは年によって数が多かったり少なかったり、去年今年は以前に多かったシロハラがほとんど見られず、代わりにここ数年見かけなかったアカハラを見たり、久しぶりにミソサザイに会ったり。

今年はルリビタキも来なかったし、カシラダカもほとんど見なかった。そのかわりソウシチョウの群れ見ちゃったけど・・・夏鳥も、ホトトギスは遠くで鳴いているものの、とうとうサンコウチョウは声も聞かず。もっとも姿を見たって人がいるから通過はしたんだろうけど。

今年はとにかくガビチョウがいっぱい!この頃はヒヨドリさながら庭の池もどきで堂々と水浴びをしている有様で、朝からさえずる鳥たちはイソヒヨドリ、ガビチョウ、メジロ、たぶんソウシチョウも・・・全く、日本の朝とは思えません・・・こんなことになっちゃったのは環境の変化ともどもいろいろな要因があると思うけど、やはり温暖化の色が濃いと思います。

だって、どう考えても南の島の朝みたいな感じだもん。野山の変化、雨の降り方、鳥の種類、などなど五感で感じちゃいますよ、温暖化。原因が何かは簡単に言えないと思いますけれど。

ということで、セイタカシギの親子、卵もひなも河原(海辺)の石ころみたいな彩りで、親とは似ていませんが、いずれセイタカのっぽのツートンカラーに衣替え、彼らもそのうち日本の鳥として定着するのでしょうか。ずっと以前にも渡来して繁殖していた時期があったかどうかはわかりませんが、鳥の中には世界中に分布を広げている連中もいるのです。

人間と同じくフロンティア精神か、それとも住処が住みにくくなったのか、はたまた温暖化の影響か?例えばイワツバメみたいに以前はごく限られたところにいたものが、近頃はコンクリート建築が増えたせいか町中でもいつのまにかツバメに取って代わって幅をきかせていたり。華奢に見えるセイタカシギも案外たくましいのです。一年中いると思われているスズメやヒヨドリも夏と冬とはメンツが違っていたり、避暑地で過ごしたり南の島に旅行したり・・・羽があるっていいですね。

さて、作品ですが、
カイツブリの仲間は体色にあまりバリエーションがないようで、使用生地に幅がないのでその点は楽でした。生活圏が水際と水中ということで共通しているのでだいたいそんなことになるのでしょうね。その分顔が派手!まるで飾りを貼り付けたようで、いささかとって付けたようですが、これで本物そっくりなんです、実は。夏羽は繁殖期の彩りなので、彼らはせいいっぱいおしゃれしているんでしょうね、きっと。どうしてこうなるのかわれわれにははかり知れませんが、きっとカイツブリたちの好みなんでしょう。


セイタカシギのひな


セイタカシギ親子


セイタカシギ♀


セイタカシギ親子


カンムリカイツブリ夏


手前ハジロカイツブリ夏羽


カイツブリ夏羽


カイツブリ3種

この頃はくちばしの樹脂に加えて目玉をカービング用のガラスアイにしているので、頭部だけ見るとかなりリアルです。カイツブリたちは体重入り、これから葛西臨海公園で活躍してくれることを祈ります。セイタカシギは関節可動仕様なので自立出来ませんが、背中からテグスで吊ればそれなり立っていられます。巣に座ることも出来るのです。

2009年6月20日土曜日

育種・・・神の領域?

ちょっと重い話題ですが・・・書いてみます。

パンジー・ビオラをはじめ、植物の受粉を人為的に行って新しい品種を作り出すことを一般的には品種改良などと言いますが、専門用語に育種という言葉があります。

種を育てると書きますが、要は受粉をした種を播いて結果を品種として固まるまで受粉・採種・育苗を繰り返すことをいいます。農作物ではより収量を多くしたり、病気に強いものを作ったり、収穫期を早めたり、つまり利用する人たちにとってより良くするということで品種改良とも言うわけです。

もちろん、収穫量を減らしたり、病気に弱くするなどマイナスの方向にたいしての育種というのはある意味ありえませんが、一方で都合良くというだけでなく花で言えばいろいろな色のものを作るとか、大輪や逆に小輪のもの、花型の変化や八重咲きなど、バリエーションを増やすことも育種と言います。それは、人為的な選択交配によるもので動物に対しても行われています。牛や馬などの家畜や、犬、猫、小鳥など、人が養うというかたちで一緒に過ごした歴史の長いいきものたちはそのように育種されてきました。

先月の終わり頃のことです。新聞の番組表の中に「世界のドキュメンタリー」というタイトルを見つけました。内容が犬の遺伝病に関するものだったので、深夜だったのですががんばって見ることにしました。

BSの番組でイギリス、BBC製作、2008年のものです。工房の一員だったフラットコーテッド・レトリバーの「デイジー」とそのこどもたちの一部をたぶん遺伝的疾患であろうものによって失ったのはここ数年のことです。そして、日本ではまだそのような遺伝病の存在さえも一般の人たちにはほとんど知られていません。愛犬家で知られるイギリスではどうなっているのだろう・・・と思って見たのですが、結果はかなりショックな内容でした。

【在りし日のデイジー、今も元気なはる、と闘病中だったテディ

今までの自分の認識では、犬や猫に対して変わったものを求める傾向はアメリカでは顕著で、固定(概ね遺伝的に劣性であるそのような特徴を世代を繰り返しても表現させること)するために近親交配を繰り返すことが普通に行われている。だが、愛犬家の国イギリスや、ドイツでは特にそのような生物の本来的な特徴をゆがめる育種は避けられている・・・というものだったのに、それがみごとにひっくり返される中身でした。

ドイツについては、このドキュメンタリーでは触れられていませんでしたし、確認のしようもないのでわかりません。しかし、自分の生知恵では犬種の好ましい標準的な特徴を文書で書いたいわゆる「スタンダード」というものが、国によっていくらか違うもののイギリスのそれが基準になることが多い、とかドイツでは犬種の特徴よりも犬という種の基準を優先して例えばダックスフントでも足がいくらか長いらしいというような認識はありました。

そして、実際長い歴史のあるイギリスでもっとも権威があると言われるドッグショー「クラフツ」での映像はまさにショック、の一言でした。つまり、ショーで優勝したスタンダードそのものの腰を落として歩くジャーマンシェパードの歩き方は、BBCが言うように骨格形成不全のよろよろ歩きそのものだったし、鼻が顔の中心にめり込み過ぎたパグやペキニーズは、健全な生命を維持するのに外科手術が必要でも、高額で取引され繁殖に供されるという現実がそこにはあったのです。中にはある種のスパニエルのように、頭蓋に入りきれない脳を持つという遺伝病がかなりの高率で現れる犬種もあって、何も知らずにそういう犬種の子犬を家族に迎えた人たちの苦悩や、犬種そのものの存続危機などもあぶり出すように描かれていました。

見方を変えれば、そこには愛犬家が多いと言われるイギリスで、じつはやはり利益のために犬たちの命すら勝手に作り変える人間の傲慢と、それを暴き、世に問う紳士の国の良心とが同時に表現されていたと言えるでしょう。

翻って日本、たぶんイギリスで起こっていることは同じように日本でもあるんだろうなぁ、という予測。「スタンダード」に対する厳格さは日本ではイギリスほどではないかもなぁ、といういくらかの楽観。また日本ではそれより流行に左右されることのほうが多いんじゃないかしら、というような感想も。いずれにしても、ここ20年くらいの間に地球に起こったボーダーレスは、生物の種においても生活においても、以前とは比べものにならないくらい早さで世界中のあらゆるいきものに対して起こっているのだなぁという認識が、「豚インフルエンザ」も含めてずどんと響いた出来事でした。

海の向こうの遠いお話、ではないのです。我が家のデイジーに起こったことは、じつはイギリスやアメリカではとっくに起きていて、その事実は知ろうと思わなければわからないまま、また別のところで同じことが起きる。なによりそれは自然に起こったことではなく明らかに人の手によって起こされたことだということ。しかし、それを人の手で元に戻そうとしても簡単にはゆきそうもないこと。そんなことを考えると、たとえ花の育種であっても例えば八重咲きを作ることは一種の変異、いわゆる劣性を固定することであってはたして良いことなのだろうか?という疑問が湧いてきます。植物の場合は世代の交代が早いこと、遺伝子の中にある表現はその種が本来持っているバリエーションであり、自分のやってる育種はその表現のお手伝いをしているようなものだから・・・というようなこじつけをしてみたりして。

しかしなぁ、人の歴史や文化とも密接に関連するような気がするし、ある種の美意識や文化に関することは人種や地域によって異なるね・・・などと頭の中がどうどう巡りになってしまうテーマでした。

でも、バリエーションの違いは多くてもいいけど、人は、生物を生命の維持が困難になるほどいじくってはいけない、んじゃないかとわたしは思いました。

【星になったテディ】

2009年6月19日金曜日

梅雨の主役・アジサイ

梅雨と言えば紫陽花。


姫アジサイ・ライトブルー

漢字で書くとお日さまが入っていて、雨に関係するとは思えないけど、彼らは「ユキノシタ科」の水が大好きな植物です。

下の方は木質化して木みたいだけど、今年伸びた枝は水っぽく、中はすかすかでやっぱり草だなって感じ。親戚筋にはもう少し木らしいノリウツギやバイカウツギなんかもあって、ウツギの名前は空木すなわち中が空(空っぽ)ってことだから、いずれにしても大木にはなれないわけ。


昔からうちにある赤紫


ピンクのつぼみ


藤ピンク満開


濃色ガクアジサイ・じつは内側がホントの花

せいぜい薮っていうところでしょうか。

それでもよく育つと2メートルくらいにはなるけれど。園芸植物のジャンルでは、木でも草でもなく、日本では専用の言葉がないけれど(耳慣れないが植物の種類としては亜低木とか半低木とかいうらしい)、いわゆるガーデン用語ではシュラブというくくりになるみたいです。

日本庭園ではあまりスポットが当たらないけど、西洋庭園では花木と宿根草の間に、きちんと存在を主張するキャラクターです。もっとも、紫陽花は日本が原産国だけあってこれだけでたくさんの種類があるし、開花期間も長くて紫陽花コレクションだけでも十分見応えがありますけれど。他の花たちが一休みする、梅雨時っていうのもなんだか日本らしい。もっとも、そんな詫び寂びっぽい品種の他に、最近はカラフルで派手な西洋品種もたくさん出てきましたけどね。


濃いブルーのガクアジサイ


白くて大きいガクアジサイ

アジサイの育種もこの頃は日本でずいぶん盛んみたいで、毎年新しい品種が見られます。古い品種には山中で発見された野生種に名前を付けたものもたくさんあって、それらには産地の名前がついていたりします。彼らは挿し木などの栄養繁殖で簡単に増やせるので、江戸の昔から身近に植えられてきたのだろうな~と思いながら、古風な名前(ミカタヤエとかイヨシボリとか漢字で書かないと意味不明なやつ・・・美方八重・伊予絞り)を覚えきれないでいます。

数年前にひょんなことからたくさんの苗をいただいて、庭に植えきれず鉢植えになったまま・・・手入れ不十分で花付きいまいちの上に今年は花が早くてすでに終わりそうです。一回り大きい鉢に植え替えなくちゃ。そのほかにも前からあるのやいただきものや、母の日に買った鉢植え、勝手に生えた実生まで雨に濡れるとさらに美しい、日本の花です。

引き続き、アジサイをお楽しみ下さい。


今年のニューフェイス「宴」(ちょっと病気)


不規則な縁取りの八重咲き・品種名失念


小輪白八重


洋種の大輪・アナベル


雨の「城ヶ崎」


白で花心がライトブルーのお気に入り


同じく雨中の紫陽花


同じく雨中の紫陽花


足下はドクダミの群生、これもこの季節のもの なかなか美しい


近頃おなじみの八重咲き・柏葉アジサイ

2009年6月18日木曜日

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